32.お祭りに行きたい

 レオンはまだ不安なのかしら。ずっとしがみついているけど、抱き癖がついちゃった? 判断できずに、ひたすら甘やかす。だって、レオンは私が屋敷に来るまで、使用人としか接触がなかったの。まだまだ甘えても許されるはずよ。


「奥様、まだダメですか」


「……お父様、せめて名前呼びにしてくださらない?」


「では、屋敷内でだけ……アマーリア様と」


 ぞわっとする。うちは貧乏でお互いが助け合いだったから、家族仲はいい。確かにお金はなかったけど、亡くなった母の分まで愛情を注いでくれた父。その人から敬称をつけて呼ばれるのは、なんだか落ち着かないわ。


「呼び方はまた考えておくわ」


 お父様も苦笑いした。子供の地位が自分より上になるなんて、呼び方に苦慮しちゃうわよね。レオンが成人して、やがて公爵家を継いだら……私も「公爵閣下」とか「レオン様」って呼ぶのかしら。


 想像できないわ。


「じぃじ、おかあしゃま! っていいよ」


 お母様と呼んでもいいと言われても、お父様のお母様ではないし。


「そうね。考えておくわ」


 レオンはこくんと頷いた。その姿を見ていた私のスカートを、遠慮がちにユリアーナが引っ張る。


「どうしたの?」


「街でね、お祭りがあるの。行ってきてもいい? エル兄様の言うことをちゃんと聞くわ」


「僕も行きたい。いい子にしてるよ」


 エルヴィンは離れで勉強中だ。すでに話は通してきたようで、残るはお父様と私の許可だけみたい。お祭りに行きたいと目を輝かせる双子に、レオンが「おまちゅぃ?」と首を傾げた。


「お祭りは、街で皆が楽しく過ごす日よ。いろんなお店が増えて、たくさんの人が来るの」


 侍女辺りから聞いたのかも。予想しながらお父様に提案した。


「私はベルントに頼んで、レオンと出かけるわ。お父様も三人を連れて一緒に行きませんか」


 やったと大喜びする双子を見ながら、お父様は困惑した顔だ。私が公爵夫人のお小遣いから仕事の給料を払っていることは、内緒にしている。公爵家に雇ってもらったと思っている方が、気持ちが楽だと思うから。


 毎月安定してお金が入り、住む場所もある。食事は一緒に食べることも多かった。手元にお金はあるの。それでも貧乏だった時の癖、というか。お金を使うことを躊躇ってしまう。


「お父様、この子達の経験は人生の宝よ」


 もしたった一度だったとしても、お祭りを経験していれば記憶になる。持っている人と持たない人の差は大きいわ。レオンにも経験してほしい。でも安全面の問題もあるから、家令フランクにお伺いを立てる予定だった。


 同行するのは執事のベルントになると思うけれど。護衛の騎士の手配もあると思うし、跡取り息子を連れ出すんだから旦那様に報告も必要よ。あら、そう考えると結構大事おおごとね。


「わかりました、同行させていただきます」


 背筋がぞわっとする。使用人の目があるけど、私のお父様だと知られているんだから……なんとかならないか、相談してみましょう。困ったり迷ったら、フランクに相談よ!

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