31.優しい子ね、無事でよかった
朝起きたら準備して食事、勉強部屋に移動してお絵描きなどで机の前に座る。お昼は軽く、お昼寝をしたら、目一杯遊ぶ。散歩をしたり、絵本を読んだり、一緒に何かを作ったりした。
毎日新しいことに目を輝かせ、成長するレオンを見守る日々は平和で、これ以上ないほど幸せだ。あの無表情の旦那様が父親とは思えないわ。にこにこと笑顔で積み木を手にするレオンは、出来上がった細長い塔を自慢げに見せた。
「あら、素敵ね。お母様に説明してちょうだい」
おおよそ何か見当がついていても、必ず説明を頼む。レオンはまだ言葉が上手ではないし、単語も知らないわ。少しずつ覚えているところだった。話す行為は、言葉を覚えるのに最適なの。聞いた言葉を繰り返すのも大事な教育よ。
文字の読み書きや計算を覚えるのも、歴史を学ぶのもまだ先だった。今は学ぶことが楽しいと思ってもらう時期だわ。レオンは嬉しそうに積み木の塔を指差した。
「あっ……」
レオンの指が触れた場所が、ぐらりと傾いた。倒れそうになった塔に手を伸ばしたレオンに、三角の積み木が落ちる。まだ痛みを想像できないのか、きょとんとした顔のレオン。咄嗟に積み木の塔を倒して、レオンに覆い被さった。
「お姉様?!」
気づいたユリアーナが叫ぶ。いくつか背中に当たったが、大した痛みはなかった。それよりレオンが心配よ。
「レオン、どこか痛くない?」
「うぁ……ああぁ」
ぽろぽろと涙を溢すレオンが、声をあげて抱きつく。しっかり抱きしめて、体を確認した。血が出ていないか、痣はないか。綺麗な黒髪を撫でながら探すも、見つからなかった。
「どこが痛いのか、お母様に教えて」
「うっ、……っく。こ、こ」
しゃくりあげながら、レオンが指さしたのは私だった。目を見開いた私の背中へ手を伸ばそうとする。
「ありがとう。レオンはぶつかってないの?」
こくんと縦に振られた首に、ほっとした。積み木は小さいが、子供の柔らかい手足や顔に当たれば、痣が出来たりする。私なら一日二日痛む程度だもの。天使に傷が付かなくてよかったわ。でも泣かせちゃったわね。
「レオンは優しい子ね。お母様は痛くないから、もう泣かないで」
まだ涙で潤んでいる目の近くに、キスをする。音を立てて左右の目尻に口付けた。
「お姉様、痛くなかった?」
「大丈夫よ」
ユリアーナが叫んだ声に、廊下を走る音が重なった。扉を開けたエルヴィン、後ろからユリアン。最後に一礼してベルントが顔を覗かせた。
「何かございましたか」
崩れた積み木の前で、大泣きするレオンを抱きしめる私に困惑の表情を向ける。
「積み木が崩れたの。レオンは無事よ」
「奥様もご無事ですか」
「ええ」
微笑んだ私に安心したのか、ベルントは表情を和らげた。
「この積み木の角をもう少し丸くして、それから色を塗ってもらえるかしら」
「はい。そのように手配いたします」
積み木は箱に納められ、外へ運ばれた。困ったのはこの後よ。レオンが私から離れなくなったの。わずかな時間でも触れていないと泣き出す。そんなに怖がらせてしまったのかしら。
「安心して、レオン。ずっと一緒にいるわ」
今はレオンを安心させるのが先ね。抱いたまま移動し、ぽんぽんと背中を叩いて眠らせ、起きるまで隣にいる。いえ、起きても一緒だった。
数日で落ち着くと思うわ。好きにさせてあげましょう。私の言葉で、執事も侍女も協力してくれた。
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