17.しっかり歩けて偉いわ
お父様へ手紙を出して、翌日すぐに返事があった。そうよね、普通の家族はこのくらいの速さで返事が返ってくるものよ。旦那様は別だけれど。
承諾が綴られた手紙の半分は、心配で占められていた。まるで借金のカタのように売られた私への心配、使用人とうまくやれているか。きちんと礼儀作法が通用しているか、本当に世話になって大丈夫なのか。
びっしりと書かれた内容の文字が震えていて、嬉しくなった。お父様はこんなに私を愛してくれている。だから愛されて育った私も、レオンを愛することができるの。亡くなられたお母様も愛情豊かな方だったわ。
私がレオンに接するやり方は、お母様が私達にしてくださったこと。貧乏だけれど、とても楽しく幸せだった。私もお母様のように、レオンを愛してあげたい。そして、こんなに愛される自分は価値がある、と自信を持って成長してほしいの。
隣で相槌を打つのは、執事のベルントだ。彼の仕事の大半は、本来、旦那様がいないと行えない。そのため、家計を預かる私のサポートを頼んだ。快く手伝ってもらえて、とても助かっている。
お父様達の引っ越しは、彼がすべて手配する。大きなお屋敷の女主人は「手配しておいてね」と微笑むだけ。必要な費用や人手は執事が手配し、全てが終わったら「ご苦労でした」と労う。そう言われてしまった。
「私には難しいわ」
周囲が忙しくしていたら手伝うし、仕事を頼む際に口出ししたくなる。できる限り、彼らの恥にならない公爵夫人になりたいけれど。
「奥様は今のままで素敵です。無理をなさらないで、相談してください」
侍女長のイルゼや家令のフランクも優しい言葉をくれる。こんなに素敵な使用人がいるのに、どうして旦那様は家に帰らないのかしら。もしかして……。
「ねえ、このお屋敷の使用人は旦那様が雇ったのではないの?」
「はい、先代の旦那様と奥様が……」
返事をするイルゼが言葉を止める。その視線の先で、あくびを手で隠すレオンが、よちよちと歩いてくる。眠いからか、半分目を閉じて危なっかしかった。転ぶ前にと手を伸ばしかけて、引っ込める。
ふらふらしながら歩いて、手が届く距離で躓いた。斜め後ろで見守るイルゼより早く、私に倒れ込む。胸で受け止めて、ぎゅっと引き寄せた。
「しっかり歩けて偉いわ、レオン。でも起きる前に誰かを呼びましょうね」
「……うん、おかあさま」
なぜかしら、寝ぼけている時の方が発音がいい気がするわ。綺麗な黒髪を何度も撫でて、鮮やかな紫色の目がぱっちり開くまで待った。長いまつ毛がぱしぱしと動いて、もう一度あふっとあくびをする。
「奥様、先程のお話は後にいたしましょう」
イルゼに頷き、レオンを抱き上げた。万が一落ちた時のことを考えたのか、フランクが支える準備をしている。一般的なご令嬢と違って、私はカトラリーより重いものを毎日抱っこしていたの。慣れているわ。
ふふっと笑い、レオンに頬擦りした。小さな手がぺたりと首に吸い付き、強く抱きつく。嬉しそうな声が漏れて、幸せが二倍になった。
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