16.貴族家の女主人の振る舞い
一週間も経てば、レオンはすっかり私に慣れた。毎日一緒に眠り、膝の上で食事をして、お昼寝を見守る。お風呂は侍女に任せているけれど、本当は入れてあげたいのよね。公爵夫人としてダメらしいわ。
実の母親なら許されたのかしら。そう思って尋ねたら、地位の問題みたい。要は、公爵夫人のお仕事に子育ての実務は含まれてないのね。仕方ないわ。ただ、教育方針に口出ししたりは許される。
うちの実家は使用人がいなかったし、お母様は亡くなられた。貴族家の女主人の役目がわからない。素直にそう伝えて、フランクに教えてもらった。レオンの昼寝の時間に勉強し、覚えた内容を応用する。
「私は使用人の人事権と、家の維持や内外装の変更が可能。レオンの教育方針を決める母親としての権限もある。だとしたら、乳母を私が雇ってもいいのね!」
「はい、奥様。きちんとご理解なさっておられます」
フランクが満足げに頷いた。だったら、旦那様にお伺いを立てる必要はなかったわ。昨日届いた返事を広げ、フランクとベルントの二人に見せる。イルゼも呼んで確認してもらった。
「いつもと同じ、です」
フランクは淡々と告げた。ベルントとイルゼは諦めの表情をみせる。何度か提案して、蹴られたって意味かも。乳母を雇うようお願いしたけど、旦那様はそれを却下した。それなら分かるわ。この文章の意味も、レオンの年齢を勘違いした指示も。
「この家庭教師の指示は、どこまで無視しても平気かしら」
家令のフランクは、無言で曖昧な笑みを浮かべた。ここで具体的な指示を出すのはマズイのね。
「私は読んでしまったけれど、手紙を受け取らなかったことにしたら」
「無理です」
イルゼがはっきりと否定した。そうね、使用人の職務怠慢になるから、責任問題だわ。
「手紙を読んだ後でも、私が公爵夫人の権限で乳母を雇うのは問題ない、はずよ」
こくんと三人が首を縦に振る。ここまでは正しい。
「家庭教師の変更、は?」
「奥様の権限の範囲内でございます」
ベルントが答えた。執事が答えて家令が黙る。これって、黙認するって意味かも。
「家庭教師の人事は私の範囲だけれど、年齢制限や資格ってあるのかしら」
だいぶ核心に近づいてきたわ。笑みを浮かべて小首を傾げれば、彼らは穏やかに首を横に振った。
「資格はございません。相応の教養をお持ちの方からお選びください。経験があり他家からの推薦があれば、さらに良いかと」
一般論として、他の公爵家や侯爵家が雇った人を紹介してもらう。状況が掴めたわ。だったら、ここはこの手でいきましょう!
「わかりました。では遊びの家庭教師を雇います。レオンが五歳になるまで、お勉強は早すぎます。母親である私が決断しました。この方針に従い、遊び方を教えてくれる家庭教師を、シュミット伯爵家の推薦で選びましょう」
弟妹を含めた家族を、離れに住まわせる許可は得た。ちょうどいいから、そちらの手配と一緒に済ませてしまおう。フランクは仕事に戻り、手続きに必要な書類をベルントが用意した。署名する間に、昼寝から起きたレオンはイルゼに顔を拭いてもらい、笑顔で走ってくる。
「おかぁさま。だっこ」
「はい、お膝へどうぞ」
両手を広げる可愛いレオンを膝に座らせ、書類に最後の署名を記した。あとはお願いね。
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