18.早すぎる引越しと初対面の困惑

 いくら実家が貧乏で物がなくても、最低限の引越し荷物はある。私だってドレス……と呼ぶにはシンプルすぎる服を一着、ワンピースを三着、お母様のお下がりを二着も手直しして持ってきたもの。引っ越しには時間がかかるはずよ。


「……早かった、のね」


 玄関ホールで、苦笑いが浮かんだ。抱っこしたレオンはきょとんとした顔で、私の家族を見つめる。初めて見る人相手でも泣いたりぐずらないのは、とても助かるわ。


「……仕事をくれると聞いたぞ……じゃなくて、頂けると聞きました」


 お父様、すっかり平民の言動に馴染んでしまって。目頭をハンカチで押さえる仕草をした私に、弟妹は無邪気にしがみついた。


「すげぇ、すべすべの布だぜ」


「シミがないのもすごいね」


 双子の無邪気な感想を、引き攣った笑顔の長男が一刀両断に切り捨てる。


「公爵夫人だぞ、勝手に触らない!」


 ぐいっと引っ張られて、むっとした顔で兄を振り返った。我が家でかろうじて貴族っぽさを残すのは、この子なのよね。


 私の下は、弟、双子の弟、双子の妹になる。双子の順番は、届け出た際の受付順だった。貴族社会では、どうしても女性より男性の方が優先されるのよ。


「ええ、お父様。仕事は用意しました。さっそく明日からお願いしますね」


 レオンがぺちぺちと私の肩を叩く。どうしたのと首を傾げれば、耳にこそっと声と息を吹き込んだ。擽ったい。


「おとぉ、さまってなぁに?」


 レオンに父親の認識はないのね。旦那様をみても父だとわからない可能性は考慮していたけれど、そもそも「父親」という存在自体を知らないようだ。この辺はゆっくり覚えてもらおう。


「私の家族なの。お昼寝の後に覚えましょうね」


「うん」


 家族の意味も教えた方がよさそう。何だろう? って顔で考え込んでいた。黒髪を撫でてから、後ろに控えるベルントに指示を出す。


「離れに案内してあげて」


「はい、奥様」


 お願いしますと低姿勢で頭を下げる父と、双子と手を繋いで後を追う上の弟エルヴィンを見送る。ひとまず……家族のための行儀作法と言葉遣いの先生が必要になるわね。私のお小遣いから雇ったら、旦那様に叱られないかしら。


「ねえ、フランク」


「はい、手配いたします」


 家令って執事より偉いのよね? 打てば響くというか、打たなくても勝手に忖度してくれる気がする。にっこり笑って頷いた。ここは何を口にしても相応しくないし、通りかかった侍女達に噂のネタを提供する必要もない。


 離れは後で見にいくとして、ひとまず……レオンへの説明から始めましょう。子供って、大人が思うよりきちんと状況を理解しているのよ。


「レオン、説明するからお部屋に戻りましょうか」


「うん」


 頷きながらも、レオンの目は玄関の外へ向けられていた。初めて見た子供という存在、興味津々なのよね。子供らしくていいわ。


 私とレオンの部屋も一階に引っ越すよう指示したので、明日以降は続き部屋になる。その話もしなくちゃ。説明する内容を指折り数えながら、お茶の用意がされた部屋へ足を踏み入れた。

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