08.手掴みで食べると美味しい
貴族女性の着替えは、親子や兄弟でも異性なら別部屋が当然。そんな慣習を聞いて、あらぁ……と口を手で押さえた。実家では、狭い部屋でごそごそ着替えていたし、弟妹の着替えは私が手伝っていた。なんなら、私の目の前でお父様も着替えていたけど。
他の部屋で、なんて物理的に無理だったわ。それに三歳前で、異性扱いはないわよね。そんな思いが顔に出たのか、侍女達が苦笑いする。
「奥様は本当に変わった方ですのね」
「そうかしら。平民に近い生活をしていたせいかも」
うっかり本音を漏らした結果、あれこれ聞かれるままに話してしまい、着替え終わる頃には実家の内情が丸裸になった。服は着たのに、実家が脱がされるなんて。侍女の会話術は侮れない。
彼女達が用意したのは、装飾が少なめのドレス。フリルはあるけれど、レースが使われていない。宝飾品は最低限にして、指輪も結婚式で交換したもの以外は外す。万が一にもレオンの顔や髪に引っかかると困るから。結婚指輪は、宝石がないのでそのままにした。
新婚だから誰かが訪ねてくることはないと思うけれど、さすがに結婚指輪はしておいた方がいいでしょう。髪は後ろで引っ詰めて結い上げ、リボンで固定してもらう。化粧も基礎化粧だけにした。
可愛いレオンに頬紅や白粉がついたら嫌だもの。たくさん頬を寄せて、いっぱい触れたいから化粧はなし。屋敷の敷地内だから問題なし、たった今、私が決めたわ。
「おかぁ、しゃま!」
手を伸ばすレオンを抱き上げた。ゴテゴテした装飾品がないから、安心して抱っこできるわ。朝食のために食堂へ出向き、用意されたテーブルにつく。もちろん、レオンは私の膝の上よ。
「お申し付けの通りにご用意しました」
「ありがとう、我が侭を言ったわ」
我が侭でごめんなさいと謝るのは禁止だった。執事ベルントから聞いた作法で労う。高位貴族って決まり事が多くて面倒ね。
「これ、なぁに?」
初めて見る食事に興味津々の子供は、素直に口に出して尋ねた。可愛いレオンが気にしているのは、パンに挟んだハムや卵だ。いくつものお皿に並んだ状態では見覚えがあっても、パンにすべて挟んだ状態は初めてらしい。
柔らかめの長細いパンに、サラダの野菜と卵やハムを挟んである。手を伸ばそうとするから、先によく手を拭いた。濡れたタオルで拭うのが擽ったいようで、可愛い笑い声を立てる。綺麗になった手を確認し、私の手も拭いた。
私が片手で掴んだパンを、レオンは小さな両手で支える。食べていいかと問う眼差しに微笑んで頷いた。
「これは手で食べていいのよ。マナーも作法もいらないの。ほら、あーん」
「あーっ!」
もぐ! 最後まであーんを言わずに噛みついたレオンは目を輝かせた。そうよね、いつもより美味しいでしょ。これが天気のいい庭だったりすると、もっと美味しいのよ。
「ほいちー」
頬張ったまま話すレオンの頬についたパンくずを摘んで食べる。嬉しそうだし、新鮮なのかも。それなら、こんなのはどうかしら。
「それは良かったわ、お昼はお庭で食べましょうか」
「っ、いいの?!」
頑張って飲み込んだパンの分だけ遅れた返事に、もちろんよと笑う。本当に愛らしいわ。この天使を私が育てていいだなんて、どんなご褒美なの? お金は入れるけれど留守の旦那様に、心から感謝しなくてはね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます