07.愛される子に育つように
起きて最初にしたのは、可愛い天使を眺めること。まつ毛が長いし、肌も滑らかで柔らかそう。触れたいけれど、さすがに起こしちゃうわよね。貴族令嬢や夫人は、侍女が起こしに来るまでベッドで横たわっている。そう教わった通り、動かずにいた。
私は貧乏伯爵家の娘だから、朝早かったわ。起こしにくる使用人もいないから、夜明けとともにベッドを出て水を汲んだり、料理をしたり。忙しく働いていたっけ。掃除もするし、草刈りなんかも上手なのよ。
代わりに、一般的な貴族令嬢の教養は足りない。刺繍は経験がなくて、お茶会も呼ばれたことがなかった。社交は最低限という条件がなければ、とても公爵夫人になれなかったでしょうね。
着替えを提示する侍女達が、数着のドレスを運んできた。季節や気分に合わせて毎日違う服を着るのが王族、と聞いたことがある。ならば公爵夫人はその下だから、数着から選ぶのね。なるほどと納得しながら、全部の服を却下した。
「悪いわけじゃないの。でも子供の世話をするには向いていないわ。シンプルなワンピースと、できたらエプロンも欲しいけれど……どう、かしら」
私の要望に侍女の表情が曇り、途中から泣きそうになった。つられて声が小さくなり、途切れてしまう。え? なにかマズイ要望を出したとか?
「奥様、ワンピースのご用意はできますが……公爵夫人が足首の見える服を着用なさるのは、その……」
言いづらそうな侍女達が言葉を濁した。どうやら足首が見える長さのスカートは、認められないみたい。彼女達の懸念もわかる。屋敷内とはいえ、誰かが突然訪ねてきたら? 旦那様が突然帰ってくるかもしれない。
私が叱られるなら構わないけれど、彼女達が怒られる危険性があるなら変更しよう。
「わかったわ。今あるドレスで構わないから、もう少し飾りの少ないものを選んでちょうだい」
頼んだり、お願いしたりしてはダメ。命じるように、敬語なしで伝える。教わった振る舞いを思い出しながら、柔らかく伝えた。ほっとした顔でドレスを戻す侍女を見送り、隣でお着替えするレオンを振り返る。
「おかしゃ、ま……ぼく、これ」
これでいい? こてりと首を傾げる天使に、自然と表情が和らいだ。膝をついて視線の高さを合わせ、可愛いレオンの姿を確かめる。紺色の半ズボンと白いシャツ、襟に刺繍が入っていて、長袖の先にカフスを見つけた。
「そのカフス、普通のボタンに付け替えて欲しいの。明日でいいわ」
「はい、承知しました」
少し驚いた顔をしたものの、若い侍女は頷く。転んだ時にケガをしたら可哀想だし、宝石系のカフスはまだ早いわ。それよりボタンにして、自分で着替えができるよう教えましょう。
公爵家の嫡子なら、一生着替えさせてもらえるだろうけど。使用人の苦労を知らないで、横暴に振る舞う子は嫌われる。それより自分でできることを増やして、たくさん褒めてあげたかった。
この子は話しかけも愛情も足りていない。愛されて自己肯定感を高めて、自分を好きになって欲しいの。にこにこしながら着替え終えたレオンの頭を撫でた。
「とっても可愛いわ。お母様もすぐに着替えるから待っててね」
「「「え?」」」
新しい服を運んできた侍女達の、思わず溢れた声に私の方が驚く。えっと、また何かやらかしたかも?
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