第17話 漫画白昼夢

 構図はいいもののコマ割りがしっくり来ない。キャラクターの視線から誘導されるコマと次に読んで欲しいコマが一致していない。

 模範的なコマが多いから、感情が揺さぶられる後半のシーンではダイナミックにコマを割って感情の動きを表現しよう。


「先生、背景終わりました」


 より幅広い層からの意見を得るために、ネット配信で連載を増やしたい。南平さんからは好意的な返事が来ている。

 今はドラマを重視しているが、次は設定や世界観で没入感を高めるようなファンタジーにすることで作家性を広げたい。


「新しく担当することになった木内です」


 ファンタジーと得意な表現との食い合わせが初めから発揮することが出来なかったな。

 表現の幅を広げるために研究を重ねて、何とか人気を取る事が出来たが、次からは見切り発車は辞めなければいけない。新しいジャンルでは試作として読み切りを挟んでもらおう。


「次夢、お母さん来てるよ」


 一作目も最終回だ。ドラマ性を重視した作品だが、読み手の中には伏線を気にする人が居たな。その読者に不満を持たせてしまった。連載中に広げた風呂敷のせいで、後半、もたついてしまったのは事実だ。今の連載では最終回付近でカタルシスを作らなければいけない。


「次夢先生、本当に全作面白くて! 尊敬してます!」


 本誌で連載のオファーが来た。本誌の方針としては前作に近いドラマ重視の作品を作って欲しいらしい。恐らくは幻想的な世界観の中で繰り広げられるシビアな群像劇のことを言っているのだろうが、連載が長引かないことを考えて現実を舞台にした作品を作りたい。

 個人的にはお仕事ものを書くことで、また違った層にリーチしていきたいけどな。


「サイン会、減らして欲しい……ですか? 作品に集中したい。そう言われると……」


 二作目ももうそろそろ終わる。一作目みたいにグダグダにならないように、物語を展開してきたし、終盤の展開は早い段階で考えている。後はライブ感で展開した要素をまとめるために、設定とすり合わせなければいけない。ネット上で言われている伏線はなるべく全て回収したい。

 連載を三本に増やしたいと相談したが、木内くんは難色を示していた。今ある連載に集中して欲しいということだろうが、もうそろそろ三作目だけになる。二作目も既定路線に乗っているからコストはかからない。

 僕はより完璧な作品を作らなければいけない。だから、もっと経験を積まなければいけない。


「新しい担当の穂口です。よろしくお願いします」

「木内は……辞めました。精神的に参ってしまったみたいで」


 年齢層を下げて同社少年誌で連載を始めることになった。ここ数年で連載誌の読者層の年齢は上がっているが、ヤング誌では出来た表現が使えなくなり、新しい表現を模索することになる。

 取り敢えず趣味で少年誌向けの短編を何作か作り、ネットにあげてみたが評判はまちまちだ。今の読者から見ると幼稚に見えてしまったり、作風の変化に不安を覚えてしまうらしい。今の読者にも受け入れて貰えるように、納得出来る表現を模索しなければいけない。


「担当の矢崎です! 少年誌初めてだと思うので、なんでも言って下さい!」


 二作目が終わり、ネット連載を増やした。月刊少年シックとジャンボコミックス、アプリ『ジャンボポケット』の三作品を同時に連載している。

 幻想バトルもの、お仕事ものに続いてデスゲームに挑戦した。これまで経験してきたジャンルとは全く異なるジャンルだ。僕はゲームやクイズの素養がない。有名YouTuberを監修として雇い、作中ゲームのギミックを考えてもらうことになった。


 デスゲームものはキャラを好きになってもらう必要があり、定期的に謎を解き明かす必要もある。言ってしまえば、他のどの作品よりもテンポ感が重視される。

 この連載を通して、大団円を迎えれば僕は確実に究極の作品に近付くことが出来る。


「大丈夫? いつも仕事場に籠ってるけど」


 お仕事ものは当初の予定通り、引き伸ばされることなく終わることが出来た。ネタ切れを思わせないように監修の人と協議しつつも、ドラマを展開していくのは、ほとんど一人で作れる一作目や二作目とは違った経験値を手に入れることが出来た。

 最終回の評判も上々、当初予定した理想系に近い形で連載を終えることが出来た。


「次の新人賞で、選考委員を……やらない!? そこをどうにか、出来ませんかね」


 少年誌は中堅くらいに収まり、デスゲームも更新する度にトレンドに乗るくらいには人気になった。

 デスゲームはコミックの売り上げがまずまずだが、SNSで話題になっているしアクセスも稼げている。


 一旦、ジャンボコミックから離れて、女性誌で書かないかと相談を持ちかけられた。一作目の連載開始前に読み切りを掲載した雑誌だ。何作か話題作を読んでいるが、どうにも少年誌に慣れすぎた。

 一作目に近い作風に戻しながらも、雑誌にチューニングを合わせる必要がある。


「先生……さすがに体壊しますよ。連載三本に読み切りも色んな雑誌で」


 連載三本ではどうにも自分のインスピレーションが止められない。

 担当編集と相談しながらも同人活動をはじめた。アイデア止まりの作品を昇華する目的ではじめた同人活動だが、監修やアシスタントをつけずに作品を書くのは久しぶりで新鮮な気持ちになる。


 さすがに、何作も連載してきたおかげですぐに完売し、より多く感想が集まるようになっている。同人誌という特性上、賛否の中で賛に偏っているが、その中でも否定的な意見は混じってくる。この否定的な意見は全て鵜呑みにしなくても、参考にすることでより究極の作品に近付けるだろう。


「病室でも漫画って、本当に死にますよ!」

「連載に同人活動にファンボックス、出してない作品も沢山あるみたいですし、本当に、本当に壊れちゃいますって」


 YouTubeに投稿されている動画形式の漫画を見習って、僕もYouTubeで画風を変えて漫画を投稿してみた。さすがに知名度がないだけあって、辛辣な意見が多い。

 いつもとは異なる読者層から繰り出される批判的な意見は、どことなく抽象的だが新鮮なものもチラホラ存在する。


 最近は連載を続けながらも、自分の漫画が届いていない層に広げるために色んな活動に手をつけている。世論では「僕の作品がわからないと漫画通ではない」と言う言説が広まってきてしまい、改善点を探すことが難しくなってしまった。もっといい方法を見つけないといけない。


「こんにちは〜って、アシスタントさんは!?」

「新しいアシスタントって、探してみますけど」


 YouTubeと同じように、別名義で漫画をSNSに投稿してみることにした。そもそも人の目に届かないが、感想を貰えたらネームバリュー抜きにした感想が貰える。やはり、今の僕でも届かないところはあるらしく、来た意見を元に改善しながらも他を疎かにしないように作品を組みたてていく作業は楽しい。


「この子ね。新人編集なんですけど、行く行くは先生の担当にする予定なのでよろしくお願いしますね」


 少年誌の連載は長期化している。デスゲームも無事に完結し、アプリ上での新しい連載を相談している。

 少年誌の連載はSNSの反応を見ながら展開をライブ感で変えるスタイルにしているためか、想定よりも話が膨らんでしまった。その都度、最終回付近の話をまとめなければいけない。


「久しぶりの外食だね。仕事忙しそうだから、心配だったよ」

「そろそろ、あ」


 下半身に冷気を感じた。ふと見るとカランとコップが転がり、僕の服が濡れている。ふと、目の前を見ると心美が座っていた。僕が知っている心美よりも老けている。


「寒くない?」

「……大丈夫」


 自分が今、どこにいるのかわからない。

 長い夢から覚めたような感覚だ。ずっと、漫画を描き続ける夢を見ていた。不思議とその夢を見ている間は満たされていた。ずっとそこに居たいと思った。

「……ここ」

 指には沢山のタコが出来ている。

 目の前の心美は明らかに老けている。ガラスに移る僕は知らない自分になっている。随分と老け込んだ自分になっている。見ていた夢に居た大人の自分と同じ姿になっている。


「現実なのか、全部」


 夢を見ていたのではない。ただ、呆然と自分を封印して漫画を描き続けていたのだ。

 確かにここに来るまでの記憶はある。この時間まで過ごしてきた日々の記憶もある。だが、その時間の全ての思考が漫画のことを考えており、おおよそ人間のようではない。


 きっと、僕は人間ではなく漫画を書く存在になっていたのだ。それが今、些細なことで目が覚めてしまった。

 漫画を描き続け、探究し続け、それ以外のことは何も考えないでいい白昼夢から目覚め、余計なことをウジウジと考え続ける自分が戻ってきてしまった。


「……もっと、」


 寝ていたかった。夢から覚めたくなかった。だって、あの世界の方が、こんなに生きづらい自分よりも楽しくて、満たされていたから。

 もう一度、寝てしまいたいけど、目を閉じても僕の意識が消えることはなかった。

 思考がうるさい。

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