第16話 分岐器が切り替わる時
バイト代が振り込まれて、いつも通り本屋で漫画を買った。漫画を買うのは僕のライフワークだ。
友達が居ない僕が暇を潰せることなんて、漫画しかなくて、心を安らげるのも漫画の中だけ。ここ最近、おばあちゃんは病気がちでここには来れないし、本当に僕には漫画しかない。
「くぐつり、順位落ちてる」
まず、巻末の目次を見て順番を確認する。一番好きな作品は最期に取っておくとして、あまり好きじゃない漫画から読み始める。途中でギャグテイストの作品を挟んで中和しつつ、最後に一番好きな作品を読むようにする。
そうすると好きな作品の余韻が最後まで残るから読み応えがある。
「新人賞」
普段は読まない巻末の次号紹介を読んでいると、その文字が目に止まった。漫画の新人賞、僕には関係ないと思っていた文字から目が離せない。
高校三年生、僕は大学には進学しない。就職するつもりだけど、就職先もない。取り敢えず家を出るために、地方の会社の面接を受けるつもりだ。何かになれればいい。甘く見てるから多分痛い目は見るよね。
やりたいこともないから、ただぼーっと生きていたらこうなってしまった。今もやりたいことはないし、出来ることなら高校生のままで居たい。そんな甘ったれた思考の中に飛び込んできた『新人賞』の三文字、僕は一瞬、「漫画家になれば」と考えてしまった。
絵は昔から書いている。漫画は書いたことない。でも、もし、僕に才能があって漫画家として食べていけるとしたら。有り得ない。有り得ないけど、書いてみても。
初めて漫画を書いた。道具を揃えて、書き方の本も買って、どうにか完成させた原稿は拙いが僕の努力の結晶だった。結果は数ヶ月後、今日、紙面で発表される。
いつも通り、漫画雑誌を買って漫画を読まずに巻末の新人賞のページに飛んだ。最優秀賞には僕の名前は書いていない。ページの中の文字を余さず読んでいくと、入選まであと少しって書かれたところに名前が乗っていた。
初めて書いた漫画が評価された。人生で初めて評価された。誰かが僕の漫画を必要としてくれた。
僕の人生の分岐器が切り替わった音がした。カチッと鳴った気がした。
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