第15話 思考の祭り
結婚式での景色からは何も得られなかった。
あの日、家に帰ってから開口一番、プロポーズをした。その次の日とかに婚約指輪を買いに行き、結婚式の段取りをし始めた。結婚式の段取りと仕事を並行しながら日が進んでいき、日を追う事に現実味が増していく。
結婚さえすれば何かが変わると思っていた。何かを変えないといけないと言う思いを募らせながら結婚式へと進んでいった。
当日、今日、いざ、結婚式が始まった。ほとんどが心美の友人で、僕の関係者は編集部の人やアシくん達、そして親だけだ。友人は一人として来ていない。友人なんて居ないから仕方ない。
式が進行していくが、そこには何の感慨もなかった。ただ、漠然と結婚した事実だけが前にあり、結婚式と言う思い出はただ過去として僕の中に堆積していくだけ。
心美と結婚したということも、こうやって結婚式を挙げたということもただの事実で心を動かすことはない。
結局は僕にとって心美は大事ではないのかもしれない。心美のことは好きだ。心美のことが好きだから結婚しようと思った。心美が結婚したいと思ったから結婚しようと思った。ただそれだけだったんだ。
心美がやりたいことを叶えたい。だから、結婚したいと思っただけで、僕自身は結婚したいなんて思っていない。隣に居る時間があれば、お金を払う関係でも良かった。心を埋められればそれで良かった。
「……漫画か」
「何? どうかした?」
「何でもない」
僕がしたいこと、自分がしようと思って続けたことは漫画しかない。初めて何かに熱中して、何かを成そうと思って努力を続けた。途中に投げ出そうと思ったけれど、結果的に実ったものは漫画だけ。
心美は何も言わずに店を辞めていたらキッパリ諦めていただろう。自分の物にしたいとかそう言う気持ちは一切なかった。そもそも、誰かを自分のものにしたいと思ったことがない。ただ、相手が自分を求めてくれたから、その相手が自分と関係していた人間の中で最も愛することが出来た。
ただ、それだけの話で、僕が選択し、自分の人生を象るのは漫画しかない。
「……漫画」
そうか、あぁ、そうか、そうだった。
僕が掴んだものは漫画だけだ。心美と結婚したのは心美が求めたから、バイト先だって就職はしなかったけどバイト先が望んだから、この世界に生まれ落ちたのは母が決意したから、自分が高校に通い続けたのは母と祖母が居たから、漫画だけが僕の手元にある。
僕が読むことを選択し、描くことを選択し、継続を選択し、目に止まった。僕の世界には漫画しか存在しない、僕を表すものは漫画以外に有り得ない。
僕は漫画で出来ている。ぁぁ、ようやく、思考が止んだ。
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