第11話 あの時、キッズケータイで

「僕も行っていい?」


 隣の席の幸村くんが友達と遊ぶ約束をしていて、僕も遊びたくなってしまった。一昨日は僕のことを誘ってくれたし、僕に優しくしてくれた。楽しかった。だから、今日も遊んでくれるはず。


「あ〜、ごめん、今日はダメなんだ」


 幸村くんは優しくそう言った。僕を傷つけないように優しくそう言った。僕も人の気持ちがわからないわけではないし、駄々をこねるほど強くはない。


「わかった」


 と微笑んで、帰りの支度を始めた。幸村くんのグループが横で盛りあがっている。ワイワイと楽しげに話しているのを聞いていると、中の一人の声がどんどん大きくなっていった。


「つか、久嶋、居なくてよかったわ。淳ナイスすぎ」

「声でかいって」

「つまんねぇもんなぁ」


 横目で幸村くんを見ると、幸村くんも笑っていた。いつも仲良いわけじゃないけど、一昨日は楽しかったし、幸村くんも笑っていた。

 でも、本当は、僕は幸村くんたちに必要じゃなくて、幸村くんが笑っていたのも嘘だった。悲しいよ。嫌だね。


「起立、気をつけ、さようなら」


 いつの間にか帰りの会が終わっていた。幸村くんたちはいつも通り号令と共に外に走り出していった。

 そうだった。幸村くんは僕が居ないことがいつも通りなんだ。一昨日は幸村くんがたまたま声をかけてくれただけ、そんなことはわかっているよ。


「幸村も帰れよ〜」


 教室から出ていく間際に先生が僕に声をかけた。慌ててランドセルを背負って外に出た。校庭ではみんなが遊んでいる。僕は一人で家に帰る。


 そもそも友達が居ないんだ。幸村くんとなら友達になれると思ったけど、僕なんか友達が居なくて当然なんだ。望んじゃダメなんだ。


「ただいま」


 家には誰も居ない。いつも通りだ。お母さんは夜勤の仕事に出ている。この部屋には僕とテーブルに置かれたお金だけしか居ない。メッセージは当分前になくなってしまった。仕方ないよ。忙しいんだから。


 みんなのお母さんは家に居るんだよな。

 家に帰ったらケーキを作ったりって聞いたことがある。

 僕もお父さんが居たら、僕はお母さんと一緒に居ることが出来ただろうし、もっと裕福に生活出来たに違いない。


 もっと、お母さんと会話出来ただろうし、お母さんは余裕が出来るだろうから僕と嫌そうに話さないだろうし、お父さんが居たらもっと、もっと、楽しかったはずなのに、僕にはお父さんが居ない。


 お母さんからはお父さんは死んだと教えてもらったけど、おばあちゃんからはお父さんはまだ生きてると教えてもらった。おばあちゃんから電話番号を教えてもらったけど、お母さんに見つかって怒られてしまった。


 あの怒り方、お父さんはきっと生きている。

 なのに、何故、お父さんは僕に会いに来てくれないんだろう。

 僕のこと嫌いなんだろうな。当たり前だよ。僕は友達がいないし、お母さんも僕と話す時、嫌そうにしてるし、みんなから嫌われるために生まれてきたんだ。


「……お父さん」


 もう一枚、おばあちゃんから貰ったお父さんの電話番号の紙がある。怖くて掛けられなかったけど、もしも、電話が繋がって、お父さんと話せたら僕は仲良くなれるかもしれない。

 誰かから嫌われるために生まれてきた存在でも、誰か一人、お父さんからは愛されてもいいと思うんだ。だって、そうじゃないと平等じゃない。


 お母さんから預けられたキッズケータイを開いて電話番号を入力した。受話器ボタンを押すとプルルルとコール音が鳴り始めた。


「あ、誰?」


 男の人の声、お父さんかは聞いたことがないからわからない。


「次夢、次夢です」

「誰? つぐむ?」

「久嶋次夢です」

「久嶋? あ〜、めんどくさ」


 男の人の声は大きなため息をついた。


「由花子の? 知らねぇよ。掛けてくんなガキが」


 電話が切れた。知らないって言ってたけど、知ってた言葉だった。きっと、相手は僕のお父さんだったんだ。でも、お父さんは僕という存在がめんどくさくて、嫌な気持ちにさせてしまった。

 僕は生まれてきちゃいけない存在だったんだ。

 だったら、何で僕は生きているの?

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