第10話 渇望、何が?
このマンガがすごい。連載を初めて三つ目の賞を受賞した。
インタビューにも慣れた。編集部の公式YouTube、母校訪問、バラエティ番組、サブカル誌、色々なところでインタビューを受けた。昔はあんなにも疲れていたのに、最近は片手間に受け答えが出来る。
もう、一人で腐っていたあの頃とは違う。連載も三年目になって貯金も収入も安定してきた。いつまで続くかわからない人気稼業なのは理解しているが、ここから鳴かず飛ばずになっても生活していけるくらいにはお金がある。
仕事を効率化するためにアシスタントも雇っているし、漫画に集中することと彼女と同棲するために広いマンションも借りている。
成功した。確実に成功している。なのに、渇きは消えない。
デビューするまでの数年、僕は常に承認から飢えてきた。誰にも祝福されずに生まれ、誰からも愛されず、必要とされずに生きてきた。そんな中で初めて得た承認を追いかけ続けた結果、並よりも人から目を向けられるようになった。
もう満足していいはずなのに、満足出来ない。
理解出来ない渇きを常に感じている。理解出来ない以上、どうしたらいいのかわからない。
「大丈夫?」
思考から現実に帰ってきた。心実は僕のことを心配そうに見ている。
「何でもないよ。だいじょうぶ」
「大丈夫じゃないよ。飲んでた、何回も」
心実と一緒に手元に視線を向けた。うがい用のコップを自分でも驚くほどに強く握りしめていた。
最近、病的なまでに思考に潜り込むことがある。過去を回想し、自分が感じている感情を整理し続ける。
元を辿れば成功する前からの癖だが、忙しくなり、人間になっていくと共に思考に割く時間が短くなり、どうしても凝縮してしまう。どう足掻いても不満を持つような性質なのだろうが、苦しみには慣れることが出来ない。
「何か、苦しいことがあるなら」
「全部嫌になってそうなのが好きなんでしょ?」
「そうだけど……」
心実は心配そうな瞳を伏せて、僕を瞳の中から外した。意地悪を言ってしまった。イラついてるわけでもないし、彼女に不満を持っているわけでもないのに、何故かわからないけど、きっと、きっと、八つ当たりだ。
「ニヒルな君も好き。でも、苦しそうな君を見ていると苦しい」
「……ごめん、八つ当たりした」
「何でも言って。年下かもしれないけど、一応看護師だし」
自分がこうなっている原因は理解している。僕の生育環境が今の僕を形成している。過去には戻れないし、今の母と和解したところで解決する問題ではない。
「……何もない、ただ苦しいだけ、そういう性格だから」
「僕は君が居てくれれば、それだけで」
どうしようもないことは隠すしかない。誰かに言って解決することでもない。うっかりと弱みを見せないようにしよう。表面だけでも、まともを演じれば治ったも同然だ。
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