第9話 改札を通れば
連載までの道のりは遠い。
一話掲載の時点で、数話分を書き上げておき、初動は余裕を持って進行することになった。最初の数話で反応を見て、そこから適宜修正していくスタイルだ。
もちろん、僕の作品が人気がなかった場合は打ち切りになる。僕はレースの中に組み込まれている。だが、悲観はしない。
連載までに書き上げた三本の読み切り、どれもが高い評価を得た。特に女性向け漫画雑誌に載った読み切りは、南平さんとの作品と読者層の緻密な調整により、最も高い評価を得た。
南平さんの尽力はあれど、一応は僕の作品だ。自信がつかないわけがない。
連載ストックの進行は順調だ。読み切りを書きながらも、南平さんと協議をして作品の世界観や設定などを緻密に作りあげ、作品の大まかなラインを作り上げた。その設定を元に一話のネームを作り、南平さんが確認し、出てきた問題点を修正する。
それを繰り返していくうちに、誰の目から見ても面白い一話が完成した。それと同じことを何度か繰り返して、今は三話目のネームを書いている。
「はやく、もっと書きたい」
「帰らないと」
どうにか早く完成させたいが、今日は作業を進めることが出来ない。
珍しく外に出る用事が出来たからだ。ここちゃんは家に来るようになり、バイトも長期的な休みという形で行っていない。南平さんと会う時や資料を探す時しか外に出なくなった僕に舞い込んできたまともな用事だ。
南平さんからジャンボコミック関係者による立食パーティーに呼ばれた。編集者、連載作家陣の他に読み切りで載ったことがある人やアシスタントの人、印刷会社など、ジャンボコミックに関わる沢山の人が参加する大きなパーティだ。
そんなパーティで挨拶を繰り返してきた。漫画家さんは多種多様な人がいた。生真面目そうな人も居れば、流浪人のような私服の人も居た。僕は身長や体格が近い南平さんからスーツを借りて参加した。ここちゃんに髪型を整えてもらって、人生で一番、人間に近い装いで人間らしいことをしてきた。
本当に色んな人と話して、僕の少ない人間力では対処しきれなくて、南平さんに何度も助けられた。スーツも借りて、助けられて、本当に頭が上がらない。
久しぶりに人間的な活動だ。久しぶりどころじゃないかもしれない。人生で初めて人間的な活動をしたとすら言える。ほぼ覚えがない活動にどっと疲れてしまった。
「はやく帰って書かないと」
疲れて重い足取りを、どうにか動かして会場から離れていき、駅に近づいていく。いつもなら億劫な歩行も何故か今は楽しく感じる。足りなかった目的が僕の中に生まれた。真っ暗闇だった未来に、一先ずのゴールが出来た。生まれて初めて人生が楽しい。
駅に着いた。僕は電車が嫌いだ。いつだって電車は現実に向かって走っているから。電車には寄り道がない。進むか途中下車しか許されない。
ずっと、先が見えなかったから、走れば走るほどドツボにハマってしまう気がしたから、電車が嫌いだった。
でも、今は確かな希望を持って電車に乗ることが出来る。今の僕には未来がある。昔とは違う。確かな先がある。
だから、無鉄砲な二択にも身を委ねることが出来る。今は電車が嫌いじゃない。
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