第8話 マイナスを取り戻すためにも

 読み切りが本誌とネット上に掲載された。

 読み切りが出来上がるまではかなり苦労した。半年というブランクは大きかったのだ。前のように上手くストーリーが紡ぐことが出来ない。

 感覚を取り戻すために過去の漫画を読んでいたが、思いのほか面白いと感じてしまっている。自己嫌悪の化身である自分が、そう思ってしまうということは、過去の作品たちは僕の作品と思えなくなっているということだ。


 感覚を取り戻すために自分の作品を模写してコマ割り、構図など、漫画を構成する要素を複数を学んだ。過去にネタを整理するために書いた手帳からストーリーの作り方を読み解いた。出来る限りの努力をしたが、たった数日の努力では半年の怠惰は埋められない。


 どれだけ過去の自分を真似したとしても、完成した作品は過去の劣化品でしかない。あれだけ嫌いだった僕の劣化品だ。

 諦めたかったが、読み切りには自分だけが関わっているわけではない。心を腐らせている時間がたてば経つほど、編集の方々は待つことになる。

 書けないのならば、相談すべきだと考えて、南平さんに連絡すると「ネームだけでも完成させて話し合いましょう」と返って来た。

 どうにか完成させたネームを提出すると過去作を分析した書類が渡された。僕の得意な描写、僕の作品で秀でているところがメインに記載されており、苦手なところなどは一切書かれていなかった。

 南平さんから貰った書類を読み込んで、少しづつネームを修正していった。次第に感覚を取り戻していき、最後には前よりも上手いネームが作れた。南平さんの『作家性』を伸ばすアドバイスは漫画を描き始めてから一番、成長できた。


 ネームからペン入れに移行し、出完成した作品は僕の最高傑作。ネットアプリと本誌に同時に掲載され、瞬く間にSNS上で拡散され、大きな話題を呼んだ。

 メルヘンな世界観とリアルな展開、幻想と現実をごちゃ混ぜにした作品は、想像よりも深く刺さる人が多かったようで賛否が極端に別れた。

 物語を深く批判する人や、僕のパーソナリティを予想する人や、泣き崩れたと表現する人、手放しに褒める人、演出とストーリーのリンクを考察する人、色んな人が僕の作品を批評した。


 批判的な意見の苛烈さに南平さんやここちゃんからは心配されたけど、そもそも批判される段階にすら立てなかった人間だ。誰かに注目されて、誰かに品定めされる現在の方が陰に隠れていた過去よりも心地よい。


「……それで、読み切りについてですが」


 読み切りが掲載されて初めての会議はファミレスで開かれた。家に呼ぶことも考えたが、どうにも自分の家に呼びたくなく、近所のファミレスを指定したからだ。

 反対側に座る南平さんは大きなカバンの中から紙束を取り出した。南平さんは前に「マニュアルがないとダメなんです」と言っていた。自分を律するためにマニュアルを作り続けていたら、結果的に分析が得意になったらしい。


「SNSでは大反響、読者アンケートも読み切りでは類を見ないほど多くの感想をいただきました」

「この好評を受け、連載は確定ですが、諸々の都合により連載までは軽く見積って半年以上かかります」


 南平さんの言うことは理解出来る。連載作品の執筆の他にも、連載するための枠の確保など様々な準備が必要になるだろう。

 しかし、連載まで半年経つと僕の作品を連載させる必然性を失ってしまうのではないだろうか。多くの読者が僕を忘れてしまう可能性がある。


「連載までの間、久嶋さんにはジャンボコミック以外の雑誌で読み切りを書いていただきたいです」

「これは読者層を広げる。連載に至る実績を作る。連載まで読者の記憶に残る。主にこの三つを達成するためにお願いしたいことです」


 南平さんは指を三本立てた。

 心配していたことが解決してしまった。ジャンボコミック以外の雑誌、系列ならジャンボコミックNEXT、同じ出版社の別雑誌なら月刊カランコエなどがある。


「原稿料はしっかりとお支払いいたします」

「……僕の金銭面まで?」

「そこははっきり言いません。編集長も同僚も了承済みであり、ビジネスチャンスだと思っています。WIN-WINという事です」


 僕に価値を見出してくれている。連載までの間、間髪入れずに実践を積むことが出来る。一回、読み切りを掲載しただけで、ステップアップすることが出来た。

 それをもう一度、経験出来る。色んな人に僕の作品を見てもらえる。必要としてもらえる。考えるだけでワクワクしてくる。


「……もちろんやります」

「ありがとうございます。頑張りましょう」


 南平さんは眼鏡の奥の冷静な瞳を輝かせた。頑張ろう。命を尽くしてでも、僕はこれまでのマイナスを取り返さなければいけない。

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