第7話 全てが始まる予感がする
「読み切り決まったの?」
読み切りが決まったことを誰かに伝えたかったが、伝えられる人なんて一人しか居なかった。親とはほぼ絶縁状態で友達も居ない。だから、お店に行ってここちゃんに会いに来た。
ここちゃんに「読み切りが決まった」とだけ伝えると、目を丸くしてぴょんぴょんと喜びだした。自分がそう言う感情表現を出来ないだけあって、代わりに喜んでくれると嬉しいし、自分が達成したという現実感がある。
「どこに載るの?」
「まだ言えない。でも、それなりのところ」
「私に言ってよかったの?」
「言いたかった」
多分、決まったとかそう言うのは載るまで言うべきじゃない。守秘義務とかに抵触してしまうと思う。ただ、この達成は自分のなかで処理しきれるものではなく、どうにか誰かに伝えて分散したかった。
正直、ソープ嬢にこういう事を言うのはアレな気がするけど、ここちゃんとはそれなりに長い期間指名してきた。彼女が人としてもプロとしても秘密を守ることは理解している。
「教えるよ。掲載の予告が出たら」
「原稿料もページ単位で貰えるし」
「私、来月居ないよ?」
そう言われて彼女から言われたことを思い出し、ハッと顔を見るとジトっとした細めた目で見られた。彼女が言わんとすることはわかるが、僕はあの時のことに確信は持てなかった。
踏み込めず、彼女との間に沈黙が続く。
「……あの時の覚えてない?」
覚えている。忘れないはずがない。いや、妄想だと思い込んで忘れようとしていた。どこか逃げたかった。結論を出したくなかった。
こんな顔でこんな声でこんな言葉を出して無視することは出来ない。僕は彼女に結論を告げなければいけない。
「この前の返事、考えてきた」
一言、一言口に出すだけだ。簡単で良い、レトリックは要らない。僕が考え抜いた末の答えを、相手の顔色を伺わずに答えるだけだ。
「ぼ、僕でよければ」
ここちゃんは僕の前で、初めて満面の笑みを浮かべた。その笑みを見て、彼女を幸せに出来るかと言った全ての不安が吹き飛び、彼女を強く抱き締めていた。
全てが始まる予感がする。
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