第5話 電車が嫌いだ
多幸感に包まれたことを後悔している。
あの日、寝て起きたら元気が充填されていた。きっと、適切に情報が処理されたのだろう。光に目が慣れて多幸感に包まれていた。
妙に元気に満ち溢れていて、バイトに出勤して直ぐ店長に読み切り掲載が決まったことを伝え、休憩時間に驚愕館に「掲載したい」と言うような旨のことを伝えた。
驚愕館から本社に呼び出され、日程もサクサクと決まった。その当日が今日だ。久しぶりに長い時間、電車の中で揺れている。長い時間、特に何も出来ないから、どうしても思考が回る。
自分なんて不相応なのに、驚愕館に呼ばれている。本当に相応しくない。SNSにあげている作品なんて、一度もバズっていないし、いいねもリポストも数えられるくらいにしかない。
それが編集部の目に止まるだろうか。ありえない。また妄想に侵されているのかと思って、何度もDMを確認したが、確かにメッセージは存在した。
何の妄想でもない。もしかしたら、読み違えているのかもしれないと思い、文面を何度も読み返したが確かに『読み切り』『掲載』の二文字が並んで記されていた。内容確認の返信を送ったが、要約した内容を肯定する返信が送られてきた。
つまり、何の間違いもなく僕は読み切りを掲載することになる。
本来なら喜ばしい事実だが、どうにも僕は何もしないことに慣れてしまったらしい。嬉しい気持ちは確かに存在するが、それと同時に心配と不安が生じている。
あの時、多幸感に包まれていなければ。そんな後悔すら存在する。
『次は、飯渡、飯渡』
もうすぐ、乗り換えだ。乗り換えたら、すぐ目的地に着いてしまう。刻一刻と現実に向かっている。この電車は現実に繋がるレールの上を走っている。
電車が嫌いだ。いつだって電車は現実に向かって走っている。徒歩なら寄り道で誤魔化しが効くのに、電車には寄り道がない。走るか途中下車しか許されない。進むか降りるか、電車にはそれしかない。
「……しんどい」
つり革にぶら下がって肩を下げた。良いことも、悪いことも、元気が消耗する。
本当に人間として生きることが下手すぎる。何なら生物として生きることが下手すぎる。
出来ることなら生まれ変わったら無になりたい。意識すら存在しない無になって空に消えたい。
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