第2話 元気は体力を運用する

 寝ていた。八時間以上、寝ていたのに未だに眠たい。何かしらの病気の可能性がある。どうでもいいけど。

 未だに起きるのは億劫だが、寝る前よりも元気はある。勢いで体を横に転がし、ベッドの上から落ちた。そのまま、ベッドを手すりにして立ち上がり、フラフラと窓の近くまで歩いていった。

 迷惑な朝日を想像したが、もう、空は桃色に染まっており、自己主張の強い西日が射してきた。咄嗟にカーテンを閉めて、スマホの画面を見た。


 寝る前にバイト先に連絡した記憶がない。きっと、店長もお怒りだろうな。無断欠勤なんてしたことないから、心配してくれているかな。それなりに真面目に生きてきたのに、今日、そんな取り柄さえもなくなった。

 真面目さも、結局は自己防衛のために手に入れたステータスであって、あってないようなものだ。むしろ、適切にサボり、適切に手を抜く人間の方が優秀で、僕はただ力を抜けない無能って言うだけ。


「連絡してるな」


 眠気に襲われても、僕は真面目であろうとしたらしい。無意識の間に欠勤の連絡を入れていた。店長も気を利かせて、代わりの子を見つけてくれたみたいで、嫌がることなく、心配の言葉をかけてくれている。僕は店長には恵まれている。


 すっかり夕焼けだ。腹は減ってない。掃除は昨日の夜にしたし、そのほかの家事も済んでいる。特に何もやることがない。

 ふと、タブレットに視線が吸い寄せられたが、強烈な不安で目を逸らした。何かを書いたところで何も報われない。元気だけ消費し続けて、体力だけが有り余る。それなら、向き合わない方が正しい選択だ。タブレットの上にノートを重ねて見えないようにした。


 これなら、朝まで寝ていたかったが、一度起きてしまうと寝付けない。かと言ってお腹は空いていないし、他にやることもない。惰性で動画、Twitterを見ようと思った時に、胸の奥底に霞が生まれた。


 思ってみれば、誰にも必要とされない人生だった。半分ネグレクトのような環境で生まれ育ち、親からは必要最低限でしか目を向けられなかった。小学校では友だちは居たものの、物事の分別がつくようになると僕からは離れていった。

 中学でも高校でも彼女なんて出来なくて、告白なんて成就しない。もちろん友達もいない。自分の周りには誰も居ない。

 孤独の期間が長いから、一人で居るのが嫌いなわけではない。ただ、水面に浮かぶ小さな泡が自分だと気付くと心がひたすらに痛い。


「……ここちゃんに会いたいな」


 ふと、口に出して、自分が思っていることに気付くこともある。ここちゃんに会いたい。恋人でも何でもないけど、僕のことを唯一、必要としてくれるから、ここちゃんに会いたい。

 テーブルに投げ落とされた財布を手に取り、ジャケットを雑に羽織り、外に飛び出してみた。

 夕焼けが身に染みた。

 頭がくらくらする。

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