後編

 頭だから出血が多かっただけで命に別状はない、とあたし達に教えてくれたのは、すっかりおなじみになっている諏佐刑事だった。また君達か、と言う顔をされたけれど、ケープを掛けているので頭を掻くことも出来ない。いやあ、と肩を竦めるのがせいぜいだ。


 取り敢えず君は髪切って来なさい、と現場を追い出される。あたしの担当の人はがたがた震えて鋏捌きもちょっと危なっかしかったけれど、プロの意地なのか、しっかり梳いてくれた。半年に一回は梳いて調整しているけれど、あんまり目立って切った感じがしないから、ちょっとずつでも伸びてるのか自分でも疑問である。夏は涼しく、冬はタオルドライでも凍えないように。面倒なのよね、ドライヤー。手が疲れるわ。とは、空手部のあたしには言えない。


 ケープを取って貰ってお金を払い、現場に戻ると結構な量の出血痕があってちょっとひやっとした。慧天の方は事情聴取を受けていたようで、あたしに気付くとぱっと笑う。可愛くしてもらえたね、なんて呑気に言うもんだから。諏佐刑事もあたしも笑ってしまった。脱力ついでに。ほんとにこの子はもー。


「ピンク、が最後の言葉なのは間違いないんだね? 西園君」

「はい。ヘッドホン下げてたから確実です」

「あたしも聞こえた。そっちの四人にも聞こえたんじゃないかな」


 それぞれ聴取されていた人たちは。ぎょっとあたし達を見る。


 ピンクのワッペンをいくつも付けたロックなお兄さん、金髪の人は冗談じゃねえ、と食って掛かって来た。


「聞こえたけど俺達の中に犯人がいるってのか、このガキ! みんな知らねえしあの美容師には世話になってるから、俺じゃねえよ!」

「わ、私も違うわ!」


 ドぴんくの頭をしたコスプレっぽい女の人は、不意にその長い髪の根本を掴むとばさりと外して見せた。ヅラだったらしい。そりゃ社会に出たらあんなピンクは白目で見られるだろう。だからこそ休日は好きな格好で過ごすのか。それは素敵なストレス解消だ。


「ウィッグの調子を見てもらっただけよ! 最近ぼさぼさだから手入れをしてもらっただけ! 私は関係ないわ!」

「お、俺だって関係ねえ!」


 タコみたいな頭をピンクに染めた中年男性が叫ぶ。ある意味ピンクか、これも。落ち着かない様子で爪を噛んでいる赤茶色の髪の女の人は、腕を組んで震えているようだった。短い髪をぐいぐい引っ張ってもいる。


「美容師さん」


 慧天が様子を見に来た私の担当さんに声を掛ける。全員の眼がそちらに向かい、彼はひぇっとした。


「本で読んだ知識だから曖昧なんだけれど、ブリーチ剤とカラーリングを一緒にする事ってありますよね」

「あ、ああ、あるよ」

「だったら簡単です。犯人は貴方ですね、ショートカットのお姉さん」


 ぼとっとバッグをおとした彼女は、がたがた震えていた。


「赤色とブリーチ剤を混ぜて使う事を、『ピンク』って言うそうです。あなたの髪がまさにそれ。動機は知らないけど、あなたが犯人です」

「だってあの男っ」


 お姉さんはまた髪を引っ張る。慧天はヘッドホンを直す。


「いつも私が予約してるのに他の客を優先してッ私の、私との時間が減るのに全然気にしないでッ! だからこんなに短くなるまで通い詰めてるのに、私のこと覚えてもくれなくてッ! せめてカラーで聞いてみても、ぼやけた返事しかしてくれないから、私、私ッ」


 動機なんて興味はない、ただ起こった事を片付けただけ。珍しくあたしに頼らなかったな、と言うのを諏佐刑事も気付いたのか、連行されていく女の人の背中を見送りながら、携帯端末を取り出してSMSで慧天に話し掛けるピロンと言う音がった。


『君が自分から動くとは珍しいな』

『しずくの行きつけの店ですから。それに早く帰ってお茶会したいんで』

『君らしい』


 くっと笑った諏佐刑事の背中に手をひらひら振って、慧天はあたしの手を掴む。


「帰ろ、静紅」


 いつもこうだと良いんだけどなあ。まったく。

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ピンク色の犯人 ぜろ @illness24

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