ピンク色の犯人

ぜろ

前編

 行きつけの美容院に行く、と言ったら、珍しく慧天えでんが僕も、と言って来た。慧天の髪はあたしが切っているけれど、やっぱりプロにおまかせした方が良かったのだろうか、訊ねるとふるふる頭を振られる。


「今読んでる本、もう少しで終わりそうなんだ。だから静紅しずくが髪切ってる間に読んでれば、お茶の時間に掛からないかなと思って」

「こっちもお茶の時間に掛からないように午前の予約したのに、まったくあんたはもー。まあ良いか。じゃ、チャリで行く?」

「本があるから出来れば徒歩で」

「そんなに分厚いの?」

「原稿用紙換算枚数千四百枚だって。流石にね」


 ああ、慧天の好きな作家か。あたしは一冊目でギブアップしたけれど、慧天は読み続けているらしい。面白いけれど長いんだ、その作家は。


 かくしてあたし達は美容院にいる。ツレです、と言ったらいつも担当のお兄さんはにっこり笑って、はちみつレモンをあたし達に出してくれた。女癖は悪いけれどお客さん受けは良い、と噂の人で、まあ中学生のあたし達にはそんな噂は関係ないので、いつものように梳いて貰う。駅ビルの二階にある美容室は、中学に入ってしゃれっ気が出て来たあたしのお気に入りだった。


 慧天は静かに本を読んでいる。他の美容師さんもしゃきしゃき鋏を鳴らしていた。一度落とすと研ぎに出さなきゃならないって聞いたけど本当かな。


 暇つぶしに女性向け雑誌を読んでいると、きゃああ! と声がした。


 あたしは反射的に立ち上がり、慧天、と咽喉マイク越しにその名を呼ぶ。こくんっと頷いた慧天にも聞こえていたらしい。環境音が殆どの美容室だから、ヘッドホンのボリュームを下げていたんだろう。いつか完全に下げられるようになれば、物静かな人に切ってもらえるんだろうけれど。今はそれとは関係ない。


 ケープのまま声が聞こえた一階への階段に向かう。既に人は集まっていた。赤茶色のショートカットの女性、コスプレか何かのピンクの髪の女性。ブリーチしたちょっと根元が黒い男の人、そして顔を真っ赤にしているえーっと、禿げたオジサン。


 見下ろすとシザーケースを腰に付けた美容師の一人だったと思われる人が、頭から血を流して倒れていた。

 突き落とされたのだろうことは明確で、そしてこの場に集まっている四人のうちの誰かが犯人であろうことも、明確だった。


 慧天は本を抱えたまま、階段を下りて行く。そして頸動脈に振れた。ほっとした顔をして、大丈夫、生きてますとあたし達に告げる。チッとだれかが舌打ちしたのが聞こえた。


「ピ、ンク……」


 そう言って、美容師さんは意識を失う。

 あたし達は急いで、一一〇番と一一九番に連絡をした。

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