第13話 本日は、ダーヴィド様のご両親をお迎えする日です。

 本日は、ダーヴィド様のご両親をお迎えする日です。朝食をダーヴィド様とともにいただいて、午前中はちょっとそわそわしながら、フィルップラ侯爵領についてお勉強をして。

 王城に上がっていらっしゃったダーヴィド様がお帰りになる前に昼食を頂いて、ダーヴィド様をお迎えして、お茶の時間になる前に先ぶれがいらっしゃいました。

 そうそう。昨日は部屋に下がった後、ユリアに読書会の提案をいたしました。皆に聞いてもらったところ、喜んでいたものが多かったけれど、黒い革で装丁されたイラリの脚本をそのまま手に取るのは恐れ多い、と思っている子も多いとか。それでしたら、以前わたくしが写したものが領地の方にありますからそれを取り寄せて、だなんて、盛り上がってしまいました。

 その時ばかりは、ちょっとだけ、気がまぎれました。

 ユリアたちから、侯爵ご夫妻はいい方だから気にする必要はない、といわれましたけれど。それでもやはり、緊張はするものです。

 フィルップラ侯爵夫妻のお出迎えは、執事のハッリを筆頭に邸宅で働く者すべてが出迎えます。調理室の下働きの通いの男の子まで呼び出されていて、ちょっとむくれておりました。まだ芋の皮むき終わってないのに! と呟いていたのが聞こえてきます。お気持ちは分かりますと心の中で頷いておりましたら、貴族の家で働くということはそういうことなのだと、宥められていました。


「待たせてしまったかしら」


 両開きの正面玄関が開いて、洗練された乗馬服を着こなした貴婦人が入ってまいります。使用人の皆はそれぞれに頭を下げて、そのまま固まります。頑張ってください。


「お帰りなさい、母上。父上も」


 ダーヴィド様がお声がけされます。それを伺って、わたくしも淑女の礼を取ります。子供の頃から何度も何度も体に叩きこまれました。泣いても泣いても、繰り返し。左足を斜め後ろの内側に軽く引き、右ひざを軽く曲げ。背筋は伸ばしたまま、軽くスカートを両手で持ち上げて。

 その体制をキープ。大人になってそれなりに筋肉がついてからは辛くはないのですけれど、子供の体ではとても大変でした。体が傾ぐと怒られましたから。


「今戻ったよ。皆、体を楽にして」


 ご婦人の後から入って来られたのは、フィルップラ侯爵でしょう。乗馬服の上着と帽子を、ハッリがその手に持っておりますから。

 使用人の皆は最後に深く一礼をして、壁際にいた者たちから順に立ち去っていきます。わたくしは使用人ではありませんから、玄関ホールに残ります。


「お茶の用意が出来ております」


 ハッリの奥方が、玄関ホール近くの応接室の扉の所で呼びかけました。お部屋に戻られて、お召し変えをされる前に。わたくしの紹介がされるのです。


「本当に驚きましたよ。陛下ったら、急なんですもの」


 応接室に収まりました。

 わたくしの向かいの三人掛けのソファに、フィルップラ侯爵ご夫妻。その向かいの三人掛けに、わたくしとダーヴィド様。対面で向かい合う形です。

 本来でしたらわたくしとダーヴィド様は婚約者ではありませんので、隣同士には座りませんけれど。けれど、ダーヴィド様が一人掛け、というのも違うからと、隣に座ってくださいました。

 その時、お二人がちらりとダーヴィド様を見やったのに、気が付いてしまいましたが。わたくしには、どうすることも出来ません。


「まったくだ。二人も驚いたことだろう」

「ええ、とても。特にビルギッタ嬢には準備の時間もあまりなかったようで」


 わたくしに準備の時間がほとんどなかったのであれば、受入れるフィルップラ侯爵家側にも準備の時間はなかったと思うのですけれど。


「ごめんなさいね、ビルギッタさん」


 ふぅ、と、侯爵夫人がため息をつきながらこちらを見やります。わたくしは、曖昧に笑うにとどめました。そのごめんなさいは、どこに係るのでしょう。


「本来でしたら、私達が戻ってからのお見合いになるでしょうに」

「まったくだ。何かあったらどうするつもりなのだ陛下は」

「……責任を取って迎え入れろ、と仰るだけでは?」


 年頃のお嬢さんを男の一人暮らしの家に送り込むだなんて、と、お怒りになる侯爵ご夫妻に、そのご子息であらせられるダーヴィド様がため息交じりに言葉を返されます。


「もしやそれが狙いか」

「ちょっと、ダーヴィド。大丈夫なんでしょうね?」

「大丈夫だからこうして、四人で今お茶のテーブルを囲んでいるわけですよ」


 ダーヴィド様の声が、どんどんとあきれ返っていかれます。

 そのダーヴィド様のお顔をまじまじと侯爵ご夫妻は見つめて。それから、お二人で見つめあって。

 さっと侯爵夫人が立たれました。


「私、汗を流して着替えてまいります。ビルギッタさん、また後程……そうね。お夕飯の席になりますかしら」

「どうぞ、ごゆっくりなさいませ」


 わたくしは軽く頭を下げます。

 どうやら、ひとまず何かに安堵されたお顔をされておられます。

 侯爵夫人を見送って、しばし。沈黙が、テーブルを支配しています。

 とんとん、とん、と。侯爵がソファの手すりを指先で叩かれました。


「アハマニエミ伯爵家の、三女でしたかな」

「左様で御座います」

「詳しい話はまた、夕食の席ででもさせていただきますが。私達は、あなたを歓迎いたしますよ、お嬢さん」


 にこりと、侯爵様は微笑んでくださいました。ですからわたくしも、笑顔を返します。


「ただやっぱり陛下に文句は言わねばなるまいな」

「伯爵から事あるごとに、それこそ書類を手渡す際にも小言を言われていると、殿下にこぼしておいでだそうですよ」

「そりゃそうだろうよ……年頃の娘さんをだぞ?」


 苦笑を噛み殺しながら、侯爵閣下も席を立たれました。わたくしとダーヴィド様は立ち上がってお見送りをしようとしたところ、それは軽く手を振ってお断りされてしまいました。

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