第11話 ほぅ。ため息が漏れてしまいます。

 ほぅ。

 思わずため息が漏れてしまいます。

 演目は全て終わり、また客席のロウソクに一つずつ明かりが灯っていきます。客席は皆、呆けているように見えますね。拍手が、数拍遅れて鳴り響きました。そうです。拍手を、しないと。

 隣の席では、ダーヴィド様が力強く拍手をしておいででした。


「初めてちゃんと見た気がするけれど、良いものだったね」

「ええ、ええ。とても良い時間でした」


 演目は終わりましたので、お話をしても問題はありません。きっと皆さま、同行者とお話をしていることでしょう。劇場内に、ざわめきが満ちてゆきます。

 正直、今回の演目の解釈は初めて見た気がします。でも。悪いお話ではありませんでした。このお二人をベースに今までの物語を読み直すのも、とても楽しそう。

 いつもでしたらそんなことを、お母様やお姉さまとお話しながらの退場になるのですけれど。今日は、ダーヴィド様にエスコートされての退場になります。ああ、まだ少し頭がふわふわしています。良いお芝居を観た後は、いつもそう。


「少し歩きますか? それとも、どこかでお茶でも?」

「そうですわね」


 ダーヴィド様の腕に手を軽くかけて、わたくしは首をかしげました。お話をするのもお茶をするのも少し歩くのも、すべて魅力的に感じられます。

 結果として、わたくしとダーヴィド様は少しお喋りをしながら歩いて、その先でダーヴィド様のおすすめのコーヒーハウスに入って、ちょっとお喋りをして、帰宅いたしました。明日にはダーヴィド様のお父様とお母様がいらっしゃいますでしょう。その打合せもしなければいけませんから。それは、お外ではできないことです。


「戻りました」


 ダーヴィド様にエスコートされて、馬車から降ります。迎えに出てくれたのは、フィルップラ家の執事であるハッリだけです。わたくしのお世話をして下さっているユリアは部屋の方にいるのでしょう。

 お夕食を一緒にするお約束をして、わたくしは着替えのために下がりました。


「いかがでしたか?」

「とても素敵な時間でした」


 部屋に下がらせていただくと、ユリアたちがわたくしを待っていました。

 ダーヴィド様が買ってくださったご本も、すでに部屋に届いていました。それは、サイドテーブルの上に恭しく積まれています。

 ダーヴィド様はまだ婚約者ではないのですけれど、婚約者様からの初めてのプレゼントになるのですね。だから、メイドたちはあそこにああして見えるように、積んであるのでしょう。

 お出かけ用のデイドレスから部屋着のワンピースに着替えさせて貰って、お化粧も落として、髪もゆるく編み直してもらいます。ユリアが淹れてくれたお茶を飲んで一息ついて。

 どうしましょうか。

 贈って頂いた本を開けるのも楽しそうですけれど、これはダーヴィド様と一緒に開封した方が良いようにも思えます。


「ねえユリア」

「はい。いかがなさいましたか」


 舞台はお昼の後から始まって、夕刻まで。お夕食まで、もうそれほど時間はありません。お夕食は一緒にいただくお約束をいたしておりますから、その前か後に、プレゼントを一緒に拝見したいのだと、伝えてもらうことにしました。

 明日の予定の相談もしなければいけませんし、お時間を頂けるといいのですけれど。

 メイドの一人がそっと部屋から出ていって、しばらくしたらそっと戻ってまいりました。同じお屋敷内の事ですから、それほど時間はかかっていません。どれくらいかと問われれば、わたくしがお茶を一杯飲み終わっていないくらい。


「お夕飯の後に、皆で見ましょう、とのお返事です」


 メイドは嬉しそうなキラキラした笑顔でした。この皆、というのはきっと、彼女たちも含まれているのでしょう。

 それからは、お夕飯の時間まで、今日見てきた舞台の事と、ダーヴィド様とのデートの事をお話して終わりました。

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