#4 エイジ・オブ・イノセンス ③
ハバキは建物の裏側で、仮面をとった。
「こんなこと、二度とやらないからな」
「そうか。意外と堂に入っていたように思えたけれど」
「……そっちじゃない。あんなパフォーマンスのことだ。次は本当に死ぬぞ」
「その時も、君が助けてくれるんだろう?」
「~~~~っ、二・度・とだッ」
憤激し、エダに強く言い含めたところで、後方から声がかかる。
「リーサルウェポンはよしてくれ。心臓がもたん」
大柄の黒人刑事。
「……おじさまっ」
エダが飛び出して、彼に飛びついた。
さすがに目を疑った。自己同一性という言葉について考えたくなってしまう。
「よせ、若い衆が見たら、どう言い訳すりゃいいんだ」
「なら、見せつけてやればいい」
参ったな、という感じで頭を掻く『おじさま』。エダは退行を起こしたまま甘えている。あまりの光景にくらくらとするが、彼はこちらを見て、言った。
「君が……今度の、エライザの相棒かな」
「単なる、仕事の付き合いだ」
すると、若い部下らしき男。
「警部。奴が降りてきましたよ」
反射的に、エダのほうを見る……何事もなかったかのように離れていた。
「ああ、すぐ行く……ほら、エライザ。声をかけてきてやれ。お前の新しい因縁だ」
「そりゃあいい。またね、おじさま」
エダは、『バンディーニ』が保護されて、車に乗せられるところに向かった。
◇
「あんたはなんなんだ、って、顔に書いてあるな」
『おじさま』はそう言い、簡潔に自分の素性と、エダとの関係性を明かした。
実に明快で伝わりやすかった。悪い奴ではなさそうだ、という正直な気持ちが浮かぶ。
「苦労をかけているだろう、彼女」
「別に。おれの仕事だ」
通りから、部下の呼びかけ。彼は「今行くよ」とだけ言って、こちらを見た。
会話を楽しんでいるように思えた。『組織』の、事実上の関係者。それでいての、この振る舞い。ただものではなさそうだ。
「ということは、これから苦労するということだ。自分からそうしにかかるのが好きでね。若い十年を、そいつに費やした……あいつの過去を、知っているかね」
「いや、あまり」
「それも、これから知るのかもしれんな」
含みのある言い方だ。過去に何があった。
過去のエライザ・ドリトルは、何を経て、どのようにこの街に来た?
疑問が膨れ上がるなか、彼は……頭を下げた。
「おれは運よく、生かさず・殺さずでいさせてもらってるが、これからは分からん。どのみち定年を控えてるからな。だから、お前さんのようなのに、頼み込むしかないんだ」
なにを、と問う。
「エライザ・ドリトルをだよ。やせがまんを、皮肉を、状況をやり過ごす手段を教えたのはおれだ。しかし、未来を生きる方法までは、ついに伝えきれなかった。彼女には荷が重いことだ、人一倍感じやすくて、孤独に弱い彼女には」
断片がよぎる。シェンメイを助けたとき。さきほど。
そして、夜、幼女のように、背を丸めて、何かを求めていたとき。
「ゆえに、恥を忍んで頼んでいる……彼女もまた、おれにとって、守るべき市民だ」
ハバキはすでに、この大柄の男に好感を持っていた。それだけに、戸惑いも大きい。
あの女のやり方は長続きしない、自分は疑問を持っている――そんなことを言えるわけもなく、曖昧に、顔を上げるように諭した。
「きみの名前を、教えちゃくれんか」
刑事はポケットからしわくちゃの四つ折りノートを取り出す。
「老眼でな。電子画面は堪える……それに、こいつのほうが、大事なことを忘れんで済む気がするんだよ。なにかとてつもなく、重要な場面で」
「……ハバキだ。ただのハバキ。姓はない」
視線が交錯、何かが託される。耐え切れず、直視をやめたのは、ハバキのほうだった。
「そうか……愚痴を吐きたくなったら、『おじさん』をたよってくれ。できれば、取調室の外でな」
彼は去っていった。
◇
入れ替わりに、エダが戻ってくる。
「いやぁ、困ったな。『急に構想が頭一杯に広がった、貴女は僕のミューズだ』ときた。私はどっちかというとコミックのほうが好きなんだけれど……」
「そう言う割に、上機嫌そうに見える」
「そうかな?」
彼女は得意げな表情のまま、こちらを覗き込んでくる。
……さきほどの、刑事のことばがよぎる。どこからどこまでが、ほんとうなのだろう。
「ねぇ、青年。私たち、いいコンビになれるとは思わないかな」
「……さぁ」
やはり、視線を外す。
迷いを持つな、切っ先がぶれる。自分にとって耐え難いことだ。
「おいおい~~~~、どうしたい、照れちゃってるのカナ?」
「やめろ、髪に触るな鬱陶しい。あんた、死にかけたんだぞ、分かってるのか……」
問題は、そういうことを考える前に、心身が疲弊してしまうことだな、と、思い直すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます