#4 ファスト・アンド・フューリー ③

 先に玄関に向かったのはハバキだが、エダは彼よりも前に出た。


「へいへい、どなた。依頼なら秘密の合言葉を……」

「エダ! あたし、シェンメイ! たいへんなの、開けてっ!」


 彼女は一瞬考えたようだったが、その言葉の通りにした。

 スウェット姿が、飛び込んでくる。

 あのカウンターにいた、性別不明の若者だ。ぜえぜえと息が上がっている。


「おいおい、大丈夫か。また爺さんのカラオケに付き合わされたとか」

「ちが、げほっ、ちがくてっ…………あれ、ていうかケン・タカクラじゃない。なんでここに居るのさ」


 身構える。なにか、面倒なことにならないように祈る。


「いろいろ、聞きたいけど。あんた達の関係とか。それどころじゃないの、エダ」


 ドアの後ろからは、なにやらこちらに向かってくる足音が複数。


「追われてるの。記者とか、テレビの連中に……『うちの店』のことで」


 訴え。店。あの、戦いがあった店。

 どうやら、『事故現場』という扱いになっているらしい、あの店。

 なるほど、言い換えれば、記憶処理がうまくいっている証拠だ。


「青年」


 シェンメイをさするエダのアイコンタクト。頷く。しかし。


「彼女を頼む。私の親友だ」


 なにかを投げてきた。キャッチ。車のキー。どういうことか。

 尋ねる前に。


「シェンメイ。そこのサムライボーイが窓から逃がしてくれる。下で落ち合おう」

「エダ、あんたは」

「私は心配ない。うまく撒いてみせるさ」

「……分かった。お願いね、ケンさん」


 ちょっと待て待て。

 いつのまにかシェンメイはハバキに身を寄り掛からせている。

 エダはそれだけで全部を説明した気になって、背を向ける。


「おい、どういうことだ」

「向かいにフィアットあったろ。あれうちのだ。窓開けて飛び降りろ、乗れ、以上」

「~~~~~~~~~~~~っ」


 まただ、またこの女のペースだ。今度こそ、乗せられまいとしたのに。

 己の未熟さをみたび恥じる。そして彼女と、窓を交互に見て。

 さいごに、傍らのシェンメイの……涙ぐんだ顔をみて。


「……こんなのは、二度とごめんだッ!」


 叫んで、持ち上げて、肩に担いだ。


「ひゃあっ、優しくしてェ」

「さぁ頼むぞ青年! うちの初仕事だ!」

「ハバキだと、言ってるだろうがっ!」


 ブラインド。窓。開ける。下を見る。確かに車。

 足をかけて……飛び降りた。

 同時に、エダのもとに、カメラやマイクを持った連中が殺到するのが見えた。


「ひょええええええええええ~~~~~~~~~~!」


 肩から悲鳴。耳を塞ぎたくなるが無視する。自由な片手で、鞘からカタナを抜く。

 短い刀身を、古風な赤いレンガ地の壁に突き立てる。

 ガリガリガリと、一筋の傷を形成しながら強制的に減速していく。

 車のルーフトップが間近に迫って。

 カタナを抜き取る。シェンメイを抱えたまま、フィアットのすぐ真横に着地した。


 ぎゃっという短い悲鳴。砕けた壁のかけらが頭上に降り注いだ。

 すぐに運転席へ。開錠し、エンジンをかける。


「乗れ、はやく」


 服装の乱れを気にしていたシェンメイを怒鳴りつける。

 すぐ真横の玄関。

 エダが走り降りてくる。そのあとに、マス連中が吐き出されてきた。


「本当に事故だったのか!?」「なにか、何か一言ッ」


 運転の仕方は学習のなかに一応入っていた。荒事でのそれも。

 シェンメイは後ろ。ハバキは前。

 エンジンをかけて歩道脇へ急加速。

 後ろで悲鳴が上がるが気にしている場合じゃない。

 駆けてくるエダ。ドアを開ける。

 声をかけるまえに、飛び込んできた。

 出せ、と言われるまでもなく、そうする。

 発進。

 路上のごみを蹴散らしながら、フィアットが疾駆を開始した。

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