第12話 変化



 運動会の後、少しクラスの環境が変わった。

 俺に関しては、誰にも陰口を言われなくなった。

 エリーに関しては。


「エリー、放課後買い物行かない?」

「あと一週間で留学終わりでしょ? お土産見に行こ!」


 女子からの誘いが増えた。

 かつてエリーを囲んでいた男子たちは、遠巻きにそれを眺めるだけ。

 これだけ環境が変わったということは、クラス皆の心境も変わった、ということだ。


 エリーはクラスの女子たちに溶け込んで、普通の女子高生を体験している。

 俺は、あれから田中くんと友達になり、なんやかんやで以前より充実した高校生をやっている。

 そして、勉強も始めた。

 まだ明確な目標は言えないけれど、学力があって損はしない。

 同時に朝のランニングも始めた。

 学力と同じで、体力があって困ることはない。

 いろんなことを始めたが、そのベクトルは全て同じ方向を指していた。


 話は、運動会の夜に戻る。


 晩ご飯のためにアパートの食堂に行くと、食堂の中にエリーと親父、そして見知らぬ異世界人がいた。

 異世界人とエリーの会話は、言葉が違って解らない。

 けれど、親父が放った一言が。

 そのエリーの決断が──


「では王女殿下、そのまま身分はお隠しになると?」

「はい、ワタシは村長の娘エリーのまま、自分の世界に帰ります」


 ──俺の心境を、変えてしまった。






 留学期間も、残すところあと三日。

 クラスでお別れ会が開かれることとなった。

 教室にお菓子やジュースを持ち寄っただけの、簡素な会。

 それでも女子たちは涙を流し、男子たちも寂しそうに俯いていた。


 俺は、涙のひとつも流さなかった。



 帰り道、エリーが笑顔で問い掛けてくる。


「ワタシが帰っちゃったら、さみしい?」

「んなわけあるかよ」


 俺は、うまく笑えていただろうか。



 留学期間、残り一日。

 今夜で日本の夜とはお別れだという名目で、おじさんの方の田中さんがエリーと俺たちをカラオケに誘ってくれた。

 そこにはキョウ姉ぇやピンクちゃん、同級生の田中くんもやって来て、エリーにはめちゃくちゃ楽しんでもらえた、と思う。

 エリーの護衛としても、考えられる最高戦力だと思った。


 でも、その帰り道。

 俺たちは、襲われたんだ。



 ☆ ☆ ☆






 なんとか公園の結界も中まで逃げ込んだけれど、同級生の方の田中くんが負傷した。

 俺とエリーで治癒魔法をかけると、すごく驚かれた。

 おじさんの田中さんいわく、現地人である俺が魔法を覚えるなんて不可能だし、あってはならないことらしい。

 俺に言われても「知らん」としか言えないが、大人の事情もあるのだろう。

 ちなみに、動画サイトで公開された地球人が魔法を使う動画は、悪質なトリックとして削除されたらしい。


 エリーの展開したソナーに、敵の影が映った。

 

「八葉会の連中か……?」


 おじさんの田中さんが呟く。


「簡単に言えば、異世界との交流に反対する奴ら、だよ」


 聞けば、元々はネット掲示板のスレッドだった。

 そのスレ内であーだこーだ議論しているのが楽しいとかで、当局は監視しつつ放置していた、と。

 それが今年に入って急に活発になってきた、らしい。


 つか当局ってどこだよ当局って。


 喋りながら様子を見ていると、敵は真っ直ぐに結界の魔法陣へ突っ込んで、物理的に破壊。

 結界にできた穴から、攻撃魔法が放たれた。

 その時の反応で判明した。

 敵は、日本人と異世界人の混成チームだ。


 キョウ姉ぇは、何処に隠し持っていたのか長い木刀を取り出す。

 おじさんの田中さんやピンクちゃんこと竹林たけばやしさんも、格闘戦の構えを取る。

 エリーは魔法障壁を展開し、敵の攻撃魔法を防いでいた。

 俺は……情けないことに、エリーの陰だ。


 が、状況は変わる。

 埒があかないと思ったのか、敵は撤退した。

 去り際に、何かを公園に撒いて。


「え、あれってまさか、まもの玉!?」


 エリーが叫んだそれが凶悪なモノであると知るまでに、数秒と掛からなかった。


 地面に落ちた小さな何かから、人間の大人より大きな魔物が数体、現れた。

 おじさんの田中さんは無線で救援を呼んでいる。


 すっかり戦闘モードのピンクちゃんは、ぴょんぴょんと跳ねて身体を温めている。

 キョウ姉ぇは、エリーに強化魔法をかけてもらったようだ。


 俺は、俺自身に強化魔法を施して、同級生の田中くんに話しかける。


「田中くん、エリーを頼めるか?」

「え、ああ……」


 弱い返事だ、怖いのだろう。

 俺だって、エリーがいなかったら逃げてる。それも真っ先に。

 だが。


「大丈夫、あの怪物たちは、絶対に近づけない!」

「ひぃちゃん……」

「エリー、いざという時は、一人で逃げろ」

「でも、でも!」


 いくら陰キャでボッチの俺だって、好きな女の子の前くらいカッコつけたいんだ。


「アイツらの目標はエリー、お前だ。だから、お前を守り切れたら、俺たちの勝ちだ」


 だから、いざという時には。

 王女としての使命を全うするために。


「ひとりで逃げ切れ!」

「ひぃちゃん!」


 こうして、戦いの幕は上がってしまった。




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