第8話 キッスはどこに


 晩ご飯のあと。

 約一時間ぶりに訪れた、単身アパートの食堂。

 そこにいたのは、エリーとキョウ姉ぇ、そして。


「はじめまして。小生はこの度、異世界留学生の身辺警護を務めさせていただくことになりました、桃色林ももいろばやしちくといいます。以後お見知り置きを」


 小生って。あと苗字と名前のバランスぇ。

 しっかし、なるほどな。

 市街地で、突然あんな爆発事件があったのだ。無理はない。

 しかもあの爆発、俺の勘が正しければ──


「その認識で当局も動いております」


 うわ、びっくりした!

 いきなり心を読まれた。

 でも、つまり。


「あの爆発は火薬じゃなく、魔法だったと」

「えっ、そうなのですか? それは新事実です」


 読めてない。

 心、読めてないっす。


「わたしは性的な感情を読み取るのが本職なので」


 どんな本職だよ。

 どの場面で役に立つんだよ。


「して欲しいことを、してあげられます。けっこうなコトまで」


 けっこうなコト……

 チラッとエリーを見ると、なんかめっちゃ怒っとるがな。


「あの、竹林さん──」

桃色林ももいろばやしです」

「す、すみません」

「構いません。呼びづらいなら、ピンクちゃん、でも可です」


 余計に呼びづらくなったわ。


桃色林ももいろばやしさん。女の子もいるので、あまりそういう話は」

「話しているわたしも、女の子なのですが」


 そうなのだろう。

 そうなのだろうけど!


「えっちぃ話は、お嫌いですか?」


 そんなことはない、断じて。

 でも、時と場合というものがある。

 少なくとも、エリーの前ではえっちぃ話はしたくない。


「お嫌いでないのなら、良かったです」


 くすりと笑みを浮かべるのは、大人の女性の顔だ。

 ちょっとドキドキしたけれど、華麗にスルーしておく。


「で、エリー」

「なによ」


 まだ怒ってるし。


「用件だよ、用件。なんだよあのメッセージ」

「なんだよって、あのメッセージのまんま……だけど」

「キ、キスっ……て」

「必要なのよ! ひぃちゃんのキッスが!」

「私が補足しよう」


 キョウ姉ぇが、薄っすいキャミソールの下の豊かな胸部を、ぐいと前面に押し出してきた。


「日比野様、下腹部の血流が活発化しつつあり──」

「やめろピンクちゃん」

「はうぅ、かしこまりました」


 いつからこんなにエロくなった、この話。

 まあいいや。


「で、どういう理由なんだ?」

「うむ、実はな」


 キョウ姉ぇいわく。

 今日の爆発事件を踏まえて、護衛をつけようという話になったと。

 正確にいえば、いちばん狙われやすい外出時、特に高校にいる間は今までも身辺警護がいたらしいのだ。

 しかし今回の爆発事件で、何者かに襲われてからの対処では手遅れになる可能性もある。

 ならば、と策を講じたのである、と。


「でな、エリーの持つパッシブスキル【障壁展開】をひぃちゃんにも、という話になったのだよ」

「理由は解った。で、なんでキスが必要なんだよ」

「魔法回路の接続のため、だな」


 パッシブスキルというのは、意識しなくても効果を発揮するらしい。

 もう一つ、アクティブスキルというのは、意識して効力を発揮させるものだと。


「スキルの常時展開には、それなりの魔法力が必要となる。その魔法力の補填のために、口づけでエリーと魔法回路を繋げるのだ」

「キスじゃなきゃ、ダメなのか?」


 俺の質問に、エリーとキョウ姉ぇが顔を見合わせる。


「……その認識の共有が出来ていなかったか。では説明しよう」


 キッスとは魔法の儀式みたいなもので、口どうしのキスではなくて良い。

 受信者(今回は俺)は口でなければならないが、送信者はその限りではない。

 つまり、手の甲でもいい。

 この説明で、すべてが腑に落ちた。


「すべて理解した。エリー、手を出してくれ」

「やだ」


 即答だった。


「なんでだよ」

「……おでこ」

「は?」

「おでこなら」

「それこそなんでだよ!」


 エリーは黙秘に入った。


「おでこにキスしてやれ、ひぃちゃん」

「は?」

「別にいいだろ、減るものではないし」

「──減ったらどうすんだよ」


 思春期男子の心は簡単にすり減るんだよ。


「もし減ったら、この私の唇で補填してやる。その他の行為付き、でな」

「そ、その他の行為、とは……」

「そうだな、まずひぃちゃんを全裸にひんむいて──」

「めちゃくちゃ予想ついたから、もういい」

「気持ち良さはその予想を遥かに超えてくるぞー。数倍、いや数十倍だぞー」


 両手をワキワキさせながら、キョウ姉ぇは笑う。


 その笑顔の奥には、凶暴性と母性を併せ持つ二つの大きなふくらみが──

 いかんいかん。

 こわいって。いやマジでマジで。


「日比野様、また下半身に血流が」

「ピンクちゃん、シャラップ」

「はうぅ」


 なんやかんやあって、エリーとの魔力回路を繋げた後。


 俺は、先ほど生じたふたつの謎について考えを巡らせ始めた。

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