第7話 襲撃後



 警察が到着したのは、爆発から10分ちょっと経った頃だった。

 エリーが異世界交歓留学生と知った警察官はエリーを疑い始めたが、キッチンカーのホットドッグ屋さんの証言で疑いは晴れたらしい。

 それでも爆発地点から一番近かったということで俺たちは病院での検査を勧められ、かつ目撃者ということで後日話を聞きたいと言われた。


「エリー、ひぃちゃん。お帰り」


 すべて終えておっさんのキッチンカーで帰宅したのは、夜十時過ぎだった。

 アパートの玄関先で迎えてくれたのは、キョウ姉ぇ……倉坂先生だ。


「さあ、温かいご飯が待っている。行こう」


 伸ばされたキョウ姉ぇの手を、エリーは握る。

 そしてエリーは、


「!……エリー」


 泣き崩れた。

 無理もない。

 あの爆発したサッカーボールは、エリーに向かって飛んできた。

 つまり、狙われたのはエリーだ。

 あの爆発が爆薬によるものか魔法のせいなのか、俺にはわからない。

 けれど数年前、同じような事件があったのを俺はネットで見ていた。

 俺は、小学校卒業まで剣道を習っていた。豆剣士という奴だ。

 だから、いざという時にはボディガードの真似事をする覚悟はできていた。

 そう思っていた。

 しかし、実際に爆破された公園のベンチを見ると、怖くてたまらなかった。

 そんな中エリーは、ずっと気丈に振る舞っていた。

 パトカーの中でも警察でも、検査の病院でも。

 しかし、帰宅して、もう気を張る必要はなくなった。

 ようやく気を抜ける。

 それが分かった途端、エリーは崩れた。

 響姉ぇの腕の中で泣き出してしまったのだ。


 俺は目配せでエリーをキョウ姉ぇに任せると、母屋に向かった。


「ただいま」


 言葉少なにリビングへ向かい、母親を探す。

 と、久しぶりの人物を見た。


比呂ヒロか、お帰り」

「……久しぶり」


 どんな仕事をしているかは知らないが、親父が忙しいことは知っている。

 それ故か、ほとんど家にいない、帰ってこない。


「……母さんならアパートだ」

「そう、かよ」


 数ヶ月ぶりに顔を合わせたと思えば、挨拶と用件のみの会話。

 なんなら親父との会話の生涯合計よりも、エリーと話した時間の方が長いかも知れない。

 投げやり、諦め。

 いろんな負の感情を抱きながら、母親のいるアパートへ向かおうとすると、背中に声が浴びせられた。


「エルモアさんも帰宅……したのか?」


 エルモア?

 ああ、エリーか。


「エリーはアパートのキョウ姉ぇに預かってもらってる」

「倉坂先生とお呼びしなさい」

「……ほかに用はないみたいだし、行くわ」


 俺は親父に目も向けずに母屋を出た。

 秋の夜風は少し冷たくて、得体の知れない心細さを一層鮮明に感じさせた。



 アパートの食堂のテーブルには、初日の歓迎会ばりのメニューが並んでいた。

 唐揚げ、ミートドリア、ポトフ、サラダ。

 そして、定番となったナポリタン。


 見ると、エリーはすでにナポリタンを食べ始めていた。

 その隣のキョウ姉ぇは、唐揚げをツマミにビールを干している。


「この一杯のために、今日も頑張った!」


 堂々とそれを言えるのは、本当に頑張ったからなんだろうな。


「ワタシも、この一皿のために頑張りましたー」


 なんかいろいろ違う気がするが、今は突っ込むまい。


「さあ、比呂ヒロ。ご飯用意したから」


 茶碗の中は、キノコの炊き込みご飯。

 いいねえ。秋ですねえ。


「なに? おばちゃん、それあたしにも頂戴」

「エリーもー」

「はいはい、今日も炭水化物祭りね。召し上がれ」


 こうして、いろいろあった今日は「普通」に終わろうとしていた。

 公園でのサッカーボール爆発事件のことなんて、誰も口に出さなかった。



 深夜である。

 突然、スマートフォンにメッセージが届く。


『ひぃちゃんの、キッスが、ほしいの』


 普通に終わりそうもなくなったなぁ。とほほ。





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