第6話 日曜日の襲撃


 日曜日。

 ある実験のために俺とエリーはこの辺で一番広い場所、近所の公園に来ていた。

 が。


「子どもがいっぱい……かわいー!」


 すっかりエリーはご満悦だが、俺は頭を悩ませる。

 今日の目的は、俺の身体強化魔法の確認だ。

 どのくらいパワーが出るか不明だから、という理由で広い場所をと思っていたのだが。


「ね、ね、あの動物なに?」

「あれは犬だな」

「えっ、こっちの世界の犬って、あんなにふさふさモフモフで可愛いの?」

「品種によるかな」

「えー、いいなー。ワタシの世界の犬なんて、いっつも牙を剥いてるんだよ。ほら、こんなふうに」


 エリーは左右の人差し指で口を広げて、ガルルと鳴いて見せる。


 美人って、すごいな。

 何やっても可愛い。

 試しに手のひらを出してみる。


「お手」


 ちょこん。


「おかわり」


 ちょこん。


「……ちんちん」

「ま、まだ明るいから……」


 なんだそれ。というか。


「けっこう色々と知っているんだな」

「んふふ、学院の上級生に教えてもらったんだー」


 そうか、日本側は毎年高校が替わるけど、向こうは王立学院だけだった。上級生の交歓留学生がいるのも不思議ではない。


「いいなぁ」

「ん? なに?」

「だってさ、留学の経験がある上級生が近くにいるってことだろ?」

「んー、まあね。ニホンからの留学生は、毎年違う学校から来るもんね」


 なるほど、聞いてみないと解らなかったことだ。

 エリーと話しながらも、代わりになりそうな広い場所を脳内で検索する。


「あっ、なにあれ!」


 エリーは、遠くの赤いワゴン車を指差してはしゃぐ。

 なんか旗がある。キッチンカーかな。


「食べ物。ホットドッグだな」

「えっ、あのもふもふを食べるの!?」

「しない、しない。あのドッグじゃない……こらこら、散歩中の犬を指差すなヨダレを拭けっ」


 百聞は一見にしかず。

 俺はエリーを連れて、キッチンカーの前に立つ。

 でっかいウインナーを焼いているのは、二の腕逞しいオッサンだ。


「いらっしゃい、カップルさんかな?」


 違います、と全力で否定する前に、左腕が温もりに包まれた。


「は、はいっ!」


 おいちょっとエリーさん?

 なに言っちゃってるのさ。

 あと腕に抱きついたら危ないよ?

 主に俺の理性が。


「いいねー、美男美女だねー、ホットドッグ買ってってよ」

「もちろん!」


 エリーはポーチから自分の財布を取り出そうとするが、ファスナーが硬いらしい。

 そして、やっと取り出せた財布からお金を払おうと、


「まいど! はいお釣りね」


 した時には、俺が会計を済ませていた。


「い、いつのまに!?」

「ちょうどポーチのファスナーと格闘してるあたり、だな」

「むー」


 なんで不機嫌なんだろ。


「いつもお世話になってるから、ワタシが払いたかったのにー」

「そりゃ悪かったな」

「悪いと思ってないよね? それ」

「まあな」

「むー」


 視線を感じて顔を向けると、キッチンカーのおじさんがニヤニヤと笑っていた。


「いい彼女さんだなぁ、にいちゃん。大事にしろよー」

「にいちゃんじゃなくて、ひぃちゃんだよー」

「ははは、そうかそうか。毎度あり、ひぃちゃん」


 若干フレンドリー過ぎる笑顔を添えて、おじさんはホットドッグを俺たちに差し出してくれる。


「ケチャップとマスタードは、そこにあるからご自由に、だぜー」

「ケチャップ!?」


 突如、エリーの目が輝き始める。


「たっぷりかけていいの!?」

「ああ、存分にかけるがいいさー」


 おじさんの許可を得たエリーは、真ん中のウインナーが見えなくなるくらいにケチャップをかけた。


「えへへー、ケチャップだー」


 ま、喜んでるなら何でもいいか。

 これから訪れるエリーの口まわりの惨状に備えて紙ナプキンを数枚余分にもらった後、俺もホットドッグにかぶりついた。


「うま、うまー」


 食べ進めるうちに、余分にもらっておいた紙ナプキンが役に立つ場面が増えていく。

 ていうかこの子、ケチャップだけ口のまわりにつけるのよな。

 家訓かな。違うか。


 夕暮れが近づいて。

 結局、広い場所探しは有耶無耶になってしまった。

 あれから俺たちは、ずっと公園で喋っていた。

 ホットドッグのキッチンカーは、片付けを始めている。

 それでも俺たちは、オレンジの空を眺めながら喋っていた。

 こんなに長い時間他人と話したのは、きっと生まれて初めてだろう。


 ベンチに腰掛けて、他愛のない会話を交わす。

 なかなか良いな、うん。

 さて、喋り過ぎてノドが渇い──え。


「エリー!」


 ベンチに座るエリーめがけて、サッカーボールが飛んでくる。

 てかあのボール、何か変だ。

 エリーはまだボールを確認できていない。

 仕方ない。


「エリー、ちょっと我慢しろよ」

「きゃっ!?」


 俺はエリーを抱きしめて、直感を頼りに駆け出した。


 身体強化を使ったからか、あっという間にベンチから20メートルほど離れられた。

 そこに、爆発音。

 サッカーボールが当たったベンチは、木っ端微塵に砕けて燃える。


「あ、ありがとう」

「いや、いいけど」


 腕の中、燃えるベンチを見つめるエリーの肩は、震えている。

 遠くから、キッチンカーのオッサンが走ってきた。

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