第4話 すき



 屋上の晴れ渡った空を見上げて、エリーは呟く。


「空は、こんなに似てるのに」


 きっとエリーの住む世界の空も、高く綺麗なブルーなのだろう。


「そうか」

「うん。エアリドルの街も、同じ色の空が広がっていたの」


 エリーのいうエアリドルの街はエリーの住む王国の首都で、人族、獣人族、エルフ族など多種族がそれぞれを尊重し合い、共存しているという。

 そこに住まう人々は、笑顔が溢れている、と。

 世界がどうのとか国がどうのとかではなく、一人ひとりが優しい世界なのだろう。


「なのに、彼らは……」


 話が核心へ近づいたのを悟り、思わず唾を呑む。

 エリーは華奢な両拳を握りしめて、怒りを露わにした。


「ひぃちゃんを侮辱した!」

「えっ」


 えっ?


「だって、ひどいんだよ?」


 堤防が決壊したように、エリーは止まらない。


「根暗だとか不審者とか、ひぃちゃんを悪く言ってさ」


 え、なにそれ。


「あとは、ひぃちゃんと比べて自分たちはこんなに優れている、とか」


 ちょ、待て。


「なんであんな事が言えるの? なんでひぃちゃんの良さを誰も知らないの?」


 待て待て。

 それに関しては俺が悪いんだよ。

 必要以上に他人と関わらないし、ひとりのほうが楽しいし、楽なだけなんだ。

 だから、エリーが怒る理由はないんだ。

 そう説明しようとするが、エコーの勢いは止まらない。


「ひぃちゃんって、優しいじゃん。いつも気にかけてくれるし、私の口のケチャップも拭いてくれる。さりげなくフォローもしてくれる」


 だから止まれって。

 なんか恥ずかしいから!


「ひとりで違う世界に来たワタシにとって、それがどれだけ嬉しいか。安心できるか。彼らは想像すら出来ないのよ」


 あ、よかった。

 話が本筋に戻った。


「ひぃちゃんは、カッコいいの! 素敵なの! それがわからないなんて!」


 あ、ダメだった。

 なんか変な暴走モードに突入してら。


「お、落ち着け、深呼吸だ。ゆっくり、ゆっくり……」


 吸ってー、吐いてー、吸ってー。

 深呼吸を実践して見せながら、エリーにもしてもらう。

 何度か繰り返すと、エリーに笑顔が戻った。


「ありがと、ひぃちゃん」

「どうってことない」


 どういたしまして、とか言えたら良いのだが、拗らせた俺には無理だ。


「ね、ほら」

「ん?」

「やっぱりひぃちゃんは優しい。すき」


 ──は?


「すき、すきだよ、ひぃちゃん」


 ──What?!


「ワタシ、ひぃちゃんの良さ、みんなにも知ってもらいたい!」


 ……びっくりした。

 なんだ、そういうことか。

 人間的にとか、そういう意味か。

 ちょっぴり残念な気もするけれど、安心した。


 あと、無意味に終わったドキドキを返せよ、思わせぶり魔法少女め。

 

 しかし、このエリーの思いは、エリー自身と俺の環境を劇的に変えていく。

 それを知るのは、まだ先のことだ。






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