第3話 エリーの魔法



 境界門ゲートが開かれて以降、境界門ゲートを所持する各国の勢力図は大きく変化した。

 異世界の調査をする国、有効を求める国……侵攻を企てる国。

 しかし現在は、異世界の文化や知識を積極的に取り入れる側に、権力の天秤は傾いている。

 それを良く思わない一派が、密かに集っていた。


「実にけしからん!」

「それは同感だが、だからというてどうする?」

「それを考えるのが、我々【八葉会】の使命だろうが」

「ねぎタン塩お待ちどおさまー」


 結果の出ない議論は、今夜も続く。


   ☆ ☆ ☆



 異世界からの交歓留学生エリーがクラスに来て、一週間が経っていた。

 美しさと明るさを持つエリーは既にクラスに馴染んでいる、ように見える。


 チャラい男子はチャラく。

 運動部系男子はサイドチェストなどで自慢の筋肉を披露し。

 ギャル達にはパイセン呼びされ。

 みんなそれぞれ、馴染んでいた。

 ただ、オタク一派は違った。

 常に遠巻きで、何かをひそひそと話している。

 時折「姫」とか「騎士」とか聞こえるのは、彼らが妄想力に秀でているからだろう。

 その中に、一切の無関心を貫く男子がいた。

 彼の名は──俺なんですけどね。


「日比野ってさぁ、なに考えてるか分かんねーよなぁー」


 エリーを取り巻く人だかりから、突然俺の名前が聴こえてきた。

 え、俺?


「そうそう、クラスの奴らともあんまり喋んないし」

「ちょっと不気味だよねー」


 堰を切ったように俺への悪評が、出てくる出てくる。


 クラスで一番の変人は、俺でした☆


「だからさー、あんなヤツほっといて、オレらと遊びに行こうって!」

「あんな奴、なんも面白くないっしょ?」

「だよねー」

「それなー」


 現在エリーを囲んでいるのは、クラスの中心、トップカーストの奴らだ。

 サッカー、テニス、バスケなどの派手な運動系部員を中核とし、その周りを野球部と柔道部が固める。

 いつもは三人のギャル系女子と一緒だが、今日はエリーを囲んでいた。

 エリーはその真ん中でにこやかに笑ってはいるが、その心中は計れない。


 ま、迷惑だったら自分で言うだろう。

 変人の俺は変人らしく、ひとりで不貞寝を決め込むのだ。

 奴らの態度が気になるのはブン投げて、危惧が当たらないように祈りながら俺は惰眠の世界に堕ちた。


 事件が起きたのは、昼休みだった。

 相変わらずエリーを囲むカースト上位男子たちの真ん中から、眩しい光が放たれた。

 囲んでいた男子たちはすぐに逃げ出して、神々しく輝くエリーだけがそこに残った。


「あなたタチハ、いま侮辱しましタか?」


 少々言葉遣いが変になったエリーのその細い手には、眩く輝く光の玉が生成されている。


 あー、怒ってるなぁ。


 エリーの光球が、頭上に掲げられた。

 まずいな、あれなんかすごそうだし。

 俺は席を立ち、無言でエリーの手首を掴む。


「ひ、ひぃちゃん!?」


 だからひぃちゃん言うな。

 そのまま俺は、エリーを引っ張って教室を出る。


「ど、どこに行くのです!?」

「屋上」


 短く答えてスマートフォンを開き、キョウ姉ぇに事情説明を送っておく。

 階段の終点。屋上の重い鉄扉を開けると、のんびりした風が頬を撫ぜた。


 少し風に当たると、エリーは落ち着きを取り戻した。

 何があったのかは知らない。

 が、エリーの魔法は、普通の人間が刃物を握ったのと同じ。のちの被害だけでいえば、もっとタチが悪い。


「魔法は、ダメだ」


 異世界交歓留学生制度には、大前提が二つある。


「異世界の人間を傷つけない」

「異世界で武力を行使しない」


 日本国内では当然の決まり事だが、異世界の人々が関わってくるとそうはいかなかったりする。

 日本では高校生の年齢でも、ほかの国や異世界では兵士だった、なんていう例はけっこうある。

 実際、交歓留学生制度が始まった当初は、こっちの世界で異世界人が魔法をぶっ放す事件が起きている。

 向こうの世界も同様で、何処かの国から異世界に行った学生が銃を乱射したらしい、とかも聞いていた。


 だかエリーは、それと同じことをしようとした。

 理由はどうあれ、結果は同様のものとなり得る。


「いいか、エリー」


 俺はエリーの目を見て、真剣に語る。


「エリーの魔法は、こっちの世界では刃物と一緒……場合によってはそれより凶悪だ」


 エリーは、俯いて聞いている。


「向こうの世界にはいろんな種族がいて、こっちの世界にも様々な国がある」


 そういう意味では、完全なる友好は難しいだろう。

 しかし。

 異世界との付き合いは続けなければいけない。

 続けざるを得ない。

 互いに侵略戦争を、起こさないために。

 無駄な争いを、回避するために。

 だから、


「エリーが思ったこと、不満、何でもいい。俺で良ければ、話してくれないか?」

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