第2話 家でも異世界留学生
俺の家は、単身者向けアパートを経営している。
それが大学を卒業して、教職に就いて三年経とうとする今でも、ずっとウチの狭い学生向けアパートに住み続けている。まったく謎である。
そして今日、謎がひとつ増えることになった。
「エリーでーす。お世話になりまーす」
ほんと、なんでウチなのだろうな。
日本に来る異世界留学生といえば、向こうの世界の貴人が多いと聞く。
幸いエリーは村長の娘さんらしいから庶民ではある思うけれど、もっとこう、オートロックつきマンションとかが相応しいのではないか。
「おー、なかなか……オモムキがありますねー」
「いいよエリーさん、そんなに気を遣わなくて」
ウチのアパートは、ボロい。
築年数は聞いていないが、
だがウチには、他の賃貸物件に負けない売りがある。
「さあさ、上がって。お料理出来てるわよー」
八部屋あるアパート、その一階のひと部屋が、入居者用の食堂になっているのだ。
「今日のお料理は、多国籍料理ですよー」
バーンと両手を広げた母親が、にこやかに宣言する。
その食卓を見てみると。
「オムライス、ナポリタンスパゲティ、コロッケ、ハンバーグ、サラダ、みそ汁、ライス……?」
なるほど多国籍の意味は理解した。要はファミレスのメニューだ。
しかし納得は難しい。
オムライスやナポリタンって日本生まれの料理だよね?
コロッケもほとんど日本生まれだし。
あとアレだ。
なんでお味噌汁?
なんでライスもあるの?
オムライスとナポリタン、それにライスって、炭水化物祭りかな?
「さあさ、たくさん食べてねー」
「おほぉ! いっただきまーす」
元気よく駆けたエルフのエリーは、誰もいないテーブルの一番
「え」
思わず声が出た。
「そうねぇ、エリーちゃん。あなたは一番上座よ。今夜はあなたの歓迎会なんですから」
そう言った母親は、一番奥側のお誕生日席の椅子を引いた。
「さあ、ここが……ってもう食べてる!?」
エリーは、下座のままでナポリタンをチュルチュルと食べていた。
「こっちの世界のケチャップ、めちゃくちゃ美味しいでス!」
なんでも異世界にあるトマトのような野菜は、酸味が無いそうで。
じゃなくて!
「こっちの席に来て、ほら」
持った皿と自分の口にスパゲティの吊り橋を架けたまま、エリーさんは席を移った。
途端にエリーさんは大人しくなった。
「ど、どうしたの?」
「ここは、お父様の席でーす。お行儀よくしないといけないでーす」
さっきまで口いっぱいに詰め込んでいたナポリタンも、今は2、3本ずつフォークに巻いて食べている。いや極端だな。
「その席は、いや?」
「ワタシは新参者。ここではいちばん下っ端でーす。下っ端には下っ端の席がありまーす」
なんか、自分の中のエルフのイメージが崩れ始めた。
森を愛し、自然と共に生きる。
それがエルフという人種だと思っていた。
しかしエリーを見ていると、元気で天真爛漫な、ただの女の子だ。
「席なんてどこでもいいじゃん。ほらエリーさん、元の席に」
「ありがとうございマス……ひぃちゃん」
「ひぃちゃん言うな!」
「あらあらウチの子ったら、いつのまにこんな綺麗な女の子と……」
「違うから、違うからな?」
言い訳するも、なぜか生温かい視線が俺に集中する。
「ひぃちゃん……お姉さんは嬉しいゾ♪」
「やめれ、
そんなこんなで、ようやく歓迎会という名の晩ご飯が始まった。
しかし美味い。
オムライスとナポリタンのダブルメインは元より、ハンバーグは絶品だ。
コロッケは近所の肉屋の物で安定の旨さ。
突然出てきたグラタンもめちゃくちゃ美味い。
何より、今日の主賓であるエルフのエリーが、満足顔で腹をさすりながら天を仰いでいる。
「美味し過ぎて、ちょっと食べ過ぎましタ……」
ちょっと食べ過ぎ、どころじゃない量だけどな。
しっかし、幸せそうな顔だ。
ナポリタンやオムライスのケチャップで口の周りをびったびたにして、お世辞にも良いマナーとはいえない。
けれど食べてる時の笑顔の輝きは、筆舌に尽くし難い。
この幸せそうな顔のまま、異世界に戻ってもらいたいものだ。
「さーて、刺客避けの結界を張って、寝るとしまーす」
いきなり物騒な話になったんですけど!?
てか風呂は入ろうぜ。せめて口の周りくらいは拭こうぜ。
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