異世界交歓留学生

若葉エコ(エコー)

第1話 ボーイミーツ・異世界美少女



 突如、世界各所に現れた境界門ゲートによって異世界との交流が始まり、四半世紀が経とうとしていた。

 人々は、異世界人との交流をし、新たな知識を手に入れていた。

 それは境界門ゲートが開く前の人類との明確な格差を生み出した。



   ☆ ☆ ☆



「やべ、遅刻だ」


 チャイムが鳴り響く校庭を、俺は疾走する。

 ふと速度を弱めて、校舎のガラス窓に映る自分の姿を横目で確認。

 寝癖OK、ちゃんと結べていないネクタイもOK。

 口に咥えた食パンも、もちろんOK。


「遅刻三点セットは完璧だな」


 遅刻ギリギリの高校生は、寝癖をつけたままパンを咥えて走る。

 これは親父の蔵書で学んだ、古来からの風習らしい。

 とにかく、せっかく寝坊したのだ。心行くまで遅刻を楽しまなければ、損だ。


 さて、行くか。

 再び走り出した俺は、素早く上履きに履き替えて廊下をダッシュ。

 ぐるぐると外側の腕を回しながら左に曲がって、あとは職員室の先にある階段を上がってすぐ。

 そこが二年B組、俺の教室だ。

 授業には間に合う。

 もう走らなくても良い。

 しかし、毒を食らわば皿まで。

 家に帰るまでが遠足。

 遅刻しそうな高校生を最後までやり遂げるのが、港町生まれの心意気だ。


 というわけで引き続き走る。

 職員室を通り過ぎたら、もうすぐ階段。

 しかし。


「──ウホォふぁウ!?」


 俺の目の前。突如開いた職員室の扉から、何者かが踊り出てきた。

 やばい、ぶつかる!


 慌てて止まると、うっかり口の食パンを宙にリリースしてしまう。

 同時に視界に入ったのは、その宙を舞うパンを目で追う、美少女。


 ……めちゃくちゃ可愛いな。ぶつかっても良かったかな。

 などと逡巡するも、今は食パンが優先だ。

 せっかくここまでパンを噛まずに走ってきたのだ。

 意地でも三点セットを維持したまま、教室に駆け込んでやる。

 ま、褒める奴も咎める奴もいないのが、ちょっと哀しいけど。


 食パンの落下予測地点に顔をもっていく。

 が、視界を遮ったのは、栗色の長髪。

 ジャンプした美少女だ。


 ぱくっ。


「あ」


 やられた。インターセプトされた。

 パンの角を咥えたまま着地した美少女は、何やら両手を合わせて祈りを捧げ始める。

 まだだ、まだ終わらんよ。


ぱくっ。


「──!?」


 美少女が咥えた対角に、俺もかぶりつく。

 互いにパンの角を咥えた俺たちは、至近距離で睨み合う。


は、ほへおれの、パンふぁだ!

「ノー! ワタシが天から授かったかてでーす」


 パンを咥えながらの会話は、美少女の方が上手かった。

 いやいや、まだ負けない。

 勝負はパンツを脱いだり穿いたりするまで決まらないのだ。

 俺は、お気に入りのオモチャを奪われそうな柴犬ばりに、左右に首を振る。


「!?」


 美少女は、なんと俺の動きに追従してきた。

 なんという反射神経だ。

 朝からこんな熱いバトルに出会えるとは、三日ぶりに遅刻した甲斐があったというものだ。

 だがしかし。

 俺たちは、職員室の扉の前で睨む長髪の女性の視線にこそ、気づくべきだった。


「キミたちはアレか。石器時代のラブコメか!」


 艶やかな長髪を踊らせた長髪の女性は国語の教師であり、俺のクラスの担任、だった。

 担任は胸元のポケットから何かを取り出して、


「ていっ!」


 と、俺と美少女の間に振った。

 瞬間、食パンは真っ二つ。

 遅刻三点セットは、敢えなく崩壊したのだ。

 つか、刃物か?

 刃物を所持する教師なんて、危なっかしいじゃないか。

 そう思って先生を見ると、その右手の指先には名刺があった。

 ……達人だよぉ。あとよくわかんないけど有名な会社の第一営業部の課長さんの名刺だよぉ。

 さては先生、昨日合コンだったな?


日比野ひびの比呂ひろ、遅刻だぞ」


 さっきパンを真っ二つにした他人の名刺をピッと向けられた俺は、少しだけたじろぐ。


「それと、エルモア・アルフォンス君」


 今度は美少女に名刺が突き付けられる。


「交歓留学初日から男子と一枚のパンを咀嚼するのはやめなさい」


 合コン達人教師に窘められた美少女は、長い耳をピョコピョコと動かしながらしょんぼりしている。

 その耳、エルフか!

 いいですね。エルフのしょんぼり顔なんて、なんぼあっても良いですからね。

 ところでこの子、交歓留学生って言ってたな。


「そうか、もうそんな季節か……」


 校舎の窓から校庭を見れば、黄色に染まるイチョウの葉が舞って──


「何を脳内で綺麗にまとめようとした?」


 黒髪ロング名刺切り女教師の細腕にネクタイを掴まれた俺は、ちょっとだけ本気で怒られる気がした。


 やばい、デコピンされる。

 この怒った時のデコピン、昔から痛いんだよな。

 思わず身を竦めて目を瞑ると、雑に結んだネクタイから手が離れた。


「交歓留学生の前だ。もう少し身だしなみをしっかりしなさい」


 シュルシュルと、ネクタイが鳴る。

 しばしじっとしていると、喉元にほんの少しの圧迫感が生まれた。


「ほら、出来たぞ」


 ぽんと胸元を軽く叩かれて、手でなぞる。

 うわ、ネクタイちゃんと結ばれてる。

 目線を上げると、懐かしい笑顔があった。


キョウえ……」

「ここは学校で、私は教師だぞ。ひぃちゃん」


 キョウ姉ぇこそずるいや。

 ここで昔の呼び方で呼ぶなんて。

 懐かしい気持ちで笑いつつ担任、いやキョウ姉を見ていると、横から視線を感じた。


「じーっ」


 エルフの美少女が、至近距離で見つめてくる。

 やべ、なんか恥ずかしい。

 響姉ぇは笑っている。


「……そのパン、食べないのならくだサーイ」


 そっちかよっ! 

 男子の唾液が染み込んだパンが、そんなに欲しいのかよ!


「コッチ世界のパン、白くてふわふわで、美味しいでース」


 その後、上機嫌のパン咥え美少女エルフに手を繋がれながら、俺は自分の教室まで連行された。


「はじめましテ。交歓留学生の、エルモア・アルフォンス、でース」


 いつのまにかパンを食べ終えたエルフ美少女は、明るく快活に自己紹介をかます。

 男子たちはどよめき、女子たちは「かわいー」「きれー」と口々に呟く。

 途端に耳まで赤くなるエルモア。その耳がピョコピョコと可愛く動くのだから、これには日本のリア充高校生たちも思わずニッコリである。

 オタク連中は、何故だか拝んでいる奴もいた。


「このエルモアくんは、あちらの世界の、エルフの村の村長の娘さんだ。みんな仲良くして欲しい」

「エリーと呼んでくだサーイ」


 村長の娘さん、か。

 そこからは質問コーナーになだれ込んだ。


「エリーさんの村って、どのくらい人がいるのー?」

「えっと……たぶん八人くらいデース」


 思ったよりミニマムだった。

 つかたった八人でたぶん、かよ。

 数字に弱いにも程があるぞ。












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