不死 5
魔法学校図書館へようこそと言われれば、ああそうですかと納得してしまいそうな雰囲気を纏う部屋であった。
長方形の部屋は礼拝堂のように厳かで、中央が吹抜けになった3階建ての各窓からは陽光が差し込んでいた。本棚、机、椅子、どれもが意匠をこらされているが、成金主義の嫌みなど感じさせず、渋みのある調和が図られていた。
図書館1階の一番奥にテラスがあり、豊かな自然を一望できる特等席となっていた。
ここまでで違和感を抱いたなら、それは正解である。
第一の違和感、今日は雨なのだ。
佐久間は傘を差していて、あの不審な女はずぶ濡れだった。
第二の違和感、ここは地下1階なのだ。
なぜ全ての窓から陽光が差し込むのか。馨と佐久間が歩いた廊下は、実は坂になっていたとでもいうのか。
そう感じてしまうことは仕方ない、しかし答えは実に簡単で、「ここは異界」だからなのだった。
異界、異なる世界。
この場所は、「異世界」ではなく、作られた「固有の世界」であった。
人間には容易ではないが、妖怪にも容易ではない。
ただし、神と冠がつくような存在には、容易ではないが、出来ないこともない場所である。この地は、とある土地神と狐狗狸の契約により、双方の尽力で作られた異空間なのであった。
そう考えれば、狐狗狸もまた、ただ者ではないのだろう。
そういった解説をしている間も、馨と佐久間の2人はずんずんと奥のテラスに向かい歩を進めていた。2種類の足音の中でも、佐久間の革靴がカッ、カッと石造りの床を小気味よく鳴らす。
馨がテラスへの両開き扉を開ける。
テラスの先は開放感のある草原が広がっていて、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてくる。午後のティータイムにはうってつけのロケーションだ。
設置されている白いテーブルセットには先客がいた。
黒を基調とした着物と袴、漆黒のケープコートを羽織った10歳ほどの少女が、優雅に紅茶を嗜みながら読書をしていた。
前髪の揃ったおかっぱ頭の女の子がする行為としては、いささか背伸びが過ぎるといったものであったが、この少女の堂に入った所作は優雅で、子供らしさが抜けていた。
もちろん彼女はアヤである。ちらと2人を見た後、視線は再度本に向けられた。
陰気な男、佐久間はアヤの対面の座席にどっかりと座り、足を組んで見下ろす。
「よお、大妖怪、久しぶりだな」
アヤは佐久間の間延びした呼びかけに答えることなく黙々と読書する。
「よお、大妖怪、久しぶりだな」
まるでそこに佐久間は存在していないかのように読書を続ける。
「よお……」
アヤは佐久間を手で制し、じろりと視線を向ける。そしてにっこりと表情を変え、
「聞こえているよ。とうにね。だが敢えて無視していたんだ。察したまえよ」
「随分じゃないか、黒霧の大妖怪」
「その呼び名は好きではないな」
スウッと目を細めるアヤから佐久間は視線を外す。
「そうか……まあ星宮、お前も座れよ。お前らの家なんだ、くつろいだらどうだ」
どこまでも陰気な男は、自分が家主かのようにどっしりと座り、馨に着席を促した。
そしてテーブルにあったティーセットからカップを2つ取り、紅茶を注ぐ。1つを馨に渡して、1つを手元に置く。
「ここは、いいところだ。心が落ち着く。お前たちが羨ましいな」
心のこもっていない言葉に聞こえるがこの男の本心は見えない。アヤがちらりと馨を見るが、馨は肩をすくめて紅茶をすする。
佐久間も紅茶を一口飲み、目を閉じて味わう。
「ダージリン、いやシッキムか……実に美味い」
「アールグレイだね」
アヤの訂正に、何の反応も示さず、小鳥たちのさえずりに耳を傾ける。
馨は何だかなと心の中で呟くが、黙したまま紅茶を口に含ませた。ほど良い温度の液体が爽やかな香りを伴い口の中に広がる。
「なあ、ときに星宮、愛とはなんだろうな?」
ブーーッ!! 思わぬ悪魔の一撃に馨の口からアールグレイが噴出された。
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