不死 4

 馨が下りている階段の先、地下1階はボロ家からは想像できないほど広く、しっかりとした造りになっている。

 1階は売場部分と住居部分とに分かれており見た目以上に広いのだが、地下1階はその1階よりひと回りも広いのだ。

 そのひと回り広い地下1階に何があるかと言えば、古書店だけに古本が大量に陳列されているのである。

 ただし、ボロ家だけに地下1階も古本が所狭しと並べられ、横倒され、足の踏み場もないイメージを持たれるだろうが、事実は違い、美しくレイアウトされた本棚と、その本を手に取りゆっくりと読むことができる椅子とテーブルが置かれた優雅な読書エリアとなっている。

 ややかび臭いのが欠点なのだが。

 それだけに地下1階へと向かう階段は、搬入搬出のため通常の階段よりは横幅が広く造られていた。


 そんな階段の途中で、馨は足を止め、佐久間を咎めるように見る。


「おい、この店の強度の確認がなぜ必要なんだ?」


 佐久間は陰気な顔の眉をピクリともさせずに答える。


「別に、ただの好奇心だ。何とはなしに偶々、差別主義者の白いワンピースを着た暴力女が店の扉を蹴破って侵入し、あまつさえ下っ端悪魔を見つけ、その暴力性をもって店内で暴れまくるという事案が発生したとして……この店の強度は如何ほどばかりか気になったものでな」


「おい、やめろ。爺さんが泣くぞ」


「俺も狐狗狸こっくりの泣く顔はみたくないな……だが仕方がない場合もあるだろう?」


「悪魔かお前は?」


「そうだが?」


 馨はそうだった、こいつは悪魔だったと心の中で舌打ちする。


「とりあえずお前の気配が消えれば問題ないだろ。早くアヤんとこいくぞ……てかお前、アレから逃げるためにここに来たんじゃないのか?」


「…………いや、違う」


「おい、何だ、その間は」


 それにしても悪魔の被害が減ると共に悪魔狩りも数を減らしていったはずだ。そんな悪魔狩りに見つかるとは、こいつもつくづく運の悪い悪魔だなと思ったが、口には出さないことにした。

 何故なら顔に出ていたようで佐久間も少し情けない顔をしていたからだ。

 目は口程に物を言うのだ。

 この陰気な男の顔は強面でもあった。

 それが情けない表情をしているとあって、馨の溜飲も多少は下がるというもの。

 しょうがない、恩を売ってやるかと、佐久間を伴い地下1階に下りる。


 そういえばこの悪魔は、自称下っ端と言ってはいるが、人間換算の年齢でゆうに千は越えているはず。それなりの実力はあるはずで、そいつが逃げ出すとなると、あの女、間抜けそうに見えて、案外やるのかもしれないなと考えた。


 地下1階のレイアウト及び装飾品は狐狗狸の爺さんの趣味だ。アンティークの調度品で揃えられた部屋を見て、佐久間はほうとため息をついた。

 馨の好みでいえばアメリカンヴィンテージで揃えたいが、そんなことをしたら爺さんが泣くだろう。


 こっちだと佐久間を連れ、部屋の奥に向かう。1階でいえば丁度、店の入口側だ。

 実は佐久間はここに来るのが初めてではない。

 狐狗狸堂との付き合いは、馨やアヤよりも古い。彼なりに、馨を立てているのだろう。

 ただ、この部屋の調度品を見てため息をつくのは毎度のことで、案外爺さんとは趣味が合うのだ。


 部屋の奥にもアンティークの本棚と、それに見合った古書が並べられているが、1箇所だけ本棚が設置されておらず、壁面がむき出しのままになっている。

 馨が壁面に手をかざすと、壁面に光の線が走り扉をかたどった。そして光が消えると同時に、そこに実際の扉が現れたのだった。

 アンティーク調の片開きの扉は、爺さんの趣味のようだ。パチンコよりよっぽど良い趣味だと馨は思う。


「んじゃ、行くぞ」


「ああ。行ってくれ」


 馨の後を無表情でついて来る。

 そこは、四方をコンクリートで固めたような長い廊下。

 光源が見当たらないが、廊下は明るい。

 馨は気にしたら負けだと思うようにしているし、佐久間は興味がなさそうだ。

 この男の表情が読めるのは稀だ。


 サンダルと革靴、2種類の足音が響く廊下。


「時に星宮、ご母堂は健勝か?」


 佐久間の問いに一瞬歩みを止めるが、再び歩き出す。そして数歩目で「ああ」とだけ返事をする。


「そうか……それは、良かった」


 それきり、佐久間が廊下で口を開くことはなかった。


 廊下の突き当りに辿り着くと、両開きの扉があった。

 馨が扉を開ける。廊下よりも明るい光に2人は目を細めた。

 扉の先には、魔法使いの映画で見たような図書館が広がっていた。

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