不死 3

 邪魔をすると言いながら男は店に入り、傘を傘入れに入れると、適当に本を見繕ってパラパラと眺めた。

 馨はその間、レトロな引き戸に鍵をし、丈の短い白布のカーテンを閉めて店仕舞いする。


「で、お前らってことは、アヤにも用があるってことか?」


 パタンと本を閉じ、本棚に戻しながら男は陰気に答える。


「そうだな……お前らと言ったのだから、お前だけじゃないな」


「何の用だ」


 男は再び別の本を手に取りパラパラとめくる。めくりながら、面倒くさそうに話す。


「何をそんなに警戒している? 俺がお前たちに会いに来るのがそんなに珍しいか?」


「何年も顔を見せなかった悪魔がいきなり訪ねて来れば誰だって警戒するだろう」


 馨の言った言葉は比喩でも何でもない。この陰気な雰囲気を漂わせる男は正真正銘の悪魔であった。

 男は再度、本を棚に戻し、ゆっくりと馨に顔を向け大袈裟に溜息を吐く。


「何年もと言うが、それは人間の感覚だ。それに最近は……何だったか?……そうそう、多様性だ。多様性というのが流行っているそうじゃないか。多様性とはつまり、様々な人種や価値観を受け入れ尊重するという素晴らしい考え方だ。第一、俺がお前らに何かしたことがあるか? それともお前は、この時代に悪魔だというだけで差別をするのか?」


 キリスト教などの悪魔は、人を堕落させ、魂を奪うなどと言われている。しかしこの男に言わせれば、最近の悪魔はあまりそのような活動を行っていないそうだ。

 その行為自体が、現在はあまり意味がないそうで。殆どの悪魔は魔界にひっこんでいるそうだ。

 では、なぜこの男は人間の世界に居るのかといえば、人間に興味があり、人間の営みを眺めることが好きだから、らしい。

 無論、馨は信じていない。


 この自称、人間が好きな陰気な男は、世界中を飛び回っており、日本にいる時は「佐久間」と名乗っている。

 「あくま」と「さくま」の語感が良いらしい。

 駄洒落じゃねえかと過去、馨が突っ込んだとき、陰気な男、佐久間はふふんと誇らしげだった。


 そして現在、差別主義者のレッテルを貼られた馨は、この陰気な男との問答に不毛さを感じ始めていた。


「はいはい、俺が悪かったよ……人によっては悪魔というだけで差別対象だと思うがな」


 馨の言葉を、さして気にした様子もない佐久間は、


「大体、俺のような下っ端悪魔を警戒しても意味などないだろう。お前がその気になれば、俺など直ぐに消し炭だ。俺は長旅で疲れているんだ。茶でも出したらどうだ」


 下っ端ね……実際のところ、どうなんだろうねと思いながら、馨は最後に確認をする。


「んじゃあさ、あの女はお前に関係ないんだな?」


 そう言って、白布のカーテンを少しめくって佐久間に確認を促す。

 狐狗狸堂こっくりどう古書店の対面の道路脇に1人の女がいた。

 どうやら外国人のようだが、傘もささずに、大きなキャリーバッグを盾に隠れるようにして、こちらの様子を窺っている。

 派手な金髪と白いワンピースのずぶ濡れの女は、あからさまな不審者だった。


「知らん」


 女を見て、佐久間は無表情で答えるが、ほんの僅か、微妙な間を馨は見逃さなかった……が、面倒なのでスルーした。


「わかった。じゃあ来いよ」


 レジの対面には店の地下に降りる階段がある。馨はそこを顎で指し、階段を下りてゆく。

 後に続く佐久間は、


「なあ、星宮。この店は確か……そこそこ頑丈なんだよな」


 と、陰気な声で不吉なことを聞いてきた。

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