不死 2

 埼玉県は水穂市、私立那華都なかつ大学からほど近い公園の隣に、その古書店はあった。

 木造平屋の古書店は、昨今流行りの洒落た古民家とは違い、良く言えばボロ家で、悪く言ってもボロ家、結論として要はボロ家であった。


 台風でも来ようものなら、あっという間に吹き飛ばされそうな古書店には、「狐狗狸堂こっくりどう古書店」という立派な看板が掲げられており、それがなければ廃屋はいおくと勘違いされても仕方がないような外観だ。


 狐狗狸こっくりとはまたふざけた名前をつけたものだが、店の主は気に入っており、いわく最後に狸の字がくるのが良いということだった。


 この古書店、いつからここにあるのか誰も知らない。

 当の店主も知らないというから随分ととぼけたものであった。


 店主は白髪混じりの初老の男で、小柄だがでっぷりと太っている。

 穏やかでよく笑う性格もあってか、どこか、そこはかとない貫録を感じさせた。

 そのせいか近所での評判も悪くはなく、「狐狗狸さん」と呼ばれ親しまれている。

 この店主、所帯は持っておらず、長らく独り身であったが、最近この店に若い兄妹きょうだいが住み着いたようで、ちょっとした評判となった。

 店主にとって、遠方の親戚の子らしく、色々あって住まわせることになったという。


 そのような前置きはさておき、狐狗狸堂の店内で午後を過ごす星宮ほしみや かおるは不機嫌そうな顔で、外の雨を睨んでいた。

 黒髪の美丈夫びじょうふ、街を歩けば、多くの女性が振り返ってしまうこの男だが、今の顔では逃げられてしまうだろう。


「そんな睨んどっても、止まんがいね」


 地方からこの地に移り住み、もう何十年も経つであろう店主の声に「ああ」とも「うう」ともとれる返事をして、レジ前のテーブルに置かれた緑茶をすする。


「いや、何かよ、こう何日も雨が続くと気が滅入るというかさ……本にだって良かないだろ?」


「あんた、本なんかなーん読まんね。そんな心配せんでええちゃ」


 何を言っているんだと店主は笑う。実際に馨は本に興味はない。居候させてもらう代わりに店番をしたりもするが、どれだけ店を手伝っても一ミリも興味が持てない。

 字を読んで何が面白いのか分からない、それが馨の感想だ。

 故に馨は茶をすする。


「それに湿度は一定に保っとるし、何かあったらあっちの部屋に移すしな。他にも……」


 もう既に本の品質管理の話などどうでもよかったが、得々と語る店主の話を遮るのも悪かろうと茶菓子をつまむ。店主が自慢気に語るだけあって、この店の空調機器は良いものが導入されていた。そして人には真似出来ないまじないも使用されている。

 見かけ通りの店ではないのだ。

 実は台風どころか竜巻が来たとしても吹き飛ぶことはないだろう。


 店主が一通り喋り終え、馨も特に話すことがなくなると、店内には静かに雨が降る音だけとなった。

 うん、と独り納得したような相槌をうったかと思えば、店主は傘を準備し、外へ出て行った。出る際に、「暇やったら店……閉めといて」と言い残し。


「パチンコか?……狸おやじめ」


 どこにそんな金があるんだと、残ったお茶を飲み干して、湯呑を奥の流しに持って行こうとしたとき、店の扉の前に人影があることに気づいた。

 見ようによっては、レトロな引き戸の曇りガラスに、傘をさした馨よりも背の高いスーツ姿の男が、中の様子を窺うように立っている。

 男はややかがんで、曇りガラスと曇りガラスの間から店内を覗き見ていたが、馨がつかつかと近づき扉を開けると、直立に戻りニヤリと笑う。


「何のようだ。爺さんなら居ねえぞ」


 扉の先に居たのは、みるからに陰気な男だった。陰気な雰囲気で陰気な顔をして陰気な笑いを浮かべる男だった。

 背の高い陰気な中年男は、馨を見下ろして答える。


「つれないことを言うなよ星宮。俺はお前らに会いに来たんだよ」


 男は声も陰気だった。

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