鐘の音 15 エピローグ「K」

 私立那華都なかつ大学構内のベンチに一冊の本を手に持った少女が腰かけている。

 小学生くらいの和装の少女は、ベンチから時計塔を見上げていたが、やがて視線を落とし、手の中の本のページをめくる。

 それは平安時代を生きた、武芸に秀でた男の人生が、子供にも分かりやすく、面白おかしく書かれた物語であった。


 ふむ……とひと息ついて、少女は本を閉じる。


「ワシがこの物語に出演したとすれば、退治されるほうだろうね……」


 独り言ちた後に、ふふと笑い、構内を見渡す。

 あの女性が見ていたであろう景色を。

 通り風に撫でられ、葉桜たちがさざめく。

 目を細める少女の先に、黒髪の青年の姿があった。


「そんなところで何してんだアヤ」


「うん……馨、お前が出ている間に花守が来てね」


 花守という名を聞いて、少し面倒そうな顔をした馨は、


「花守が何の用だよ」


 アヤは微笑みながら、手に取った本を馨に見せる。


「そう邪険にするものではないよ。この本を悠に渡してほしいそうだ」


 手渡された本の中をパラパラと見て、次いで、装丁を確認すると興味を失ったようで、アヤに投げ返す。


「ま、特に何も仕込まれてないな。それは本だ」


 返された本を懐にしまい、もう一度、そう邪険にするものではと呟く。

 二人の間を五月の風がそよいだ。


「んじゃ、行くとすっか」


 歩き出す馨の後ろで、アヤは思い出したように。


「ああ、それと伝言を頼まれていたな」


「俺に?」


 アヤはクスリと笑うと。


「悠にだよ」


「何て?」


 さほど興味もなさそうに聞く馨に、あきれたようなため息を吐く。

 正確には、伝言の伝言。花守も頼まれただけらしい。

 丸眼鏡の文学少女ぜんとした、あの女性から。


「さて……何だったかな」


 青空のもとを歩く二人の背後で、時計塔は遠く小さくなってゆく。




―鐘の音― ( 了 )

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