第25話 本人の与り知らない所で話が進む事もあり

「……なっ!?」


 SNS・エックスターのダイレクトメール機能。

 自身のそれに送られてきた一通のメールの送信者名を確認し『彼』は思わず肉声を零していた。

 そこには『ランスロット』……VTuber『クロス・ユカリ』の身体のデザインをした人物の名前が記されていた。


 元から彼の事はクリエイターとしてフォローしているので、本人のアカウントで間違いないだろう。


『あの動画を作ってる人間なら余計な問答は必要ないだろうから省く。

 それと、このダイレクトメール含めて、

 今回の件を流布したり余計な事をした場合、即座に訴えるからそのつもりで』


 端的に釘を刺した上で、ランスロットのメールの文面は続いていく。


 ランスロットは実際に裁判沙汰にした事があると聞いていたので、

 数時間前にその可能性を危惧した『彼』は余計な思考を封じられ、ひとまずその内容に目を通すしかなかった。


『というより、割と訴えるつもりだった。

 そのつもりでメールを送るつもりだったよ。

 今日のクロス・ユカリの配信を見終わるまでは。

 彼女にはブロックを解除されてたんだろう?

 今日の配信を見た……いや、あの灰色のキャラでライジング☆アワーズに参加してたんだろう?』


『なんでそうと分かる?』


 行動を見透かされている事に動揺した『彼』は思わずダイレクトメールを送り返していた。

 それに対しランスロットは即座に返信を返してくる。


『君に連絡を取って、ブロックを解除する事については彼女本人から聴いていた。

 あと、君の過去のエックスターで、ライジング☆アワーズプレイ動画があっただろう?

 それと全く同じキャラだったからな』


『やっぱり、クロス・ユカリと繋がってるんじゃないかw』


 まさかそこまで確認されていたとは、と動揺しつつ、会話の主導権を握る為に『彼』は話題をずらしつつ煽る。

 しかしランスロットには全く動じた様子はなかった。


『彼女自身がいかがわしい関係じゃない、そう言ってただろう。

 それに依頼した側された側だ、繋がり位あって当然。

 そうして知り合った以上、仕事関係の相談事ぐらいは聞くさ。

 だから、彼女から君のブロックを解除すると聞いた時、こっちは止めた。

 あまつさえゲームにも招待すると聞いて馬鹿かと言ったよ。

 余計なトラブルしか生まないともな。

 だが彼女はあえてそうした。

 楽しい時間を作って、色々と水に流してしまいたい、と』


『それがクロス・ユカリの狙いだったって分かってるぞ。

 配信でこっちに和解を呼び掛けた事を話して、自分は善人アピールするっていう』


『なるほど、そう考えたのか。

 だが、それならむしろブロックしたままの方が都合がよかったし、

 そっちにダイレクトメールを送る必要もなかったんじゃないか?』


 冷静なランスロットの指摘に『彼』は思わず息を呑んでいた。


 確かにそうだ。

 『彼』が考えていたような、『彼』の意思を無視した勝手な善人アピールをするならそれがいい。


 ブロックしたままならそもそも文句は言えないし、ゲームの概要を知らなければ参加のしようもない。

 更に言えば、もっと参加の敷居が高いゲームで、

 それこそランスロットなどに頼んで和解をでっち上げる方が簡単だ。


 それでこちらが改めて騒ぎ立てたのなら、それを元に悲劇の炎上ヒロインを演じるのもありだっただろう。

   

 というか――


『それに、そもそも彼女が配信内でそれをアピールしなかった以上、そんな意図などないのは明白だ』


 そう、はさっき『彼』自身でも思い至った結論だ。

 である以上『彼』には反論の余地などなく、反論のメールを打つ手は停まる他なかった。


『そっちがあの配信で何をどう思ったかは分からないが……

 もし、彼女を嘲笑った形でも多少なりとも楽しんでいたら、それでユカリは満足だろう。

 炎上を水に流して消火(昇華)した、良い配信だったと言える』


『上手いこと言ったつもりかもしれんけど、滑ってるぞ』


『そうか?

 まあ、そのあたりはいい。

 ともあれ、彼女の配信に免じて。今回だけは俺も君を訴えることはしない。

 これはそれを伝える為のメールだ。

 ただ、次はないから肝に銘じておくといい。

 彼女は許しても、俺はプロのクリエイターとして許すつもりはない。

 彼女以外の依頼主に迷惑を掛けない為に、絶対にな』


 絶対に。

 表情されている文面は脅しとしてはありきたりだ。

 だが、何故だろうか――それ以上の圧迫感を『彼』に与えていた。

 脅迫なんかしておとなげない、とか、やっぱりユカリを贔屓してるんだろw、などの浮かび上がった思考と言葉を封じる程に。


 そうして文字を打てないでいる『彼』にランスロットから再度のメールが届いた。


『そう言えば、あの動画、内容はともかく動画としては良く出来てたな。

 炎上じゃなく、楽しくバズらせる方が互いにとっていいんじゃないか?

 別に指図するつもりはないけどな。

 じゃあ、そういうことで』


 そして、それを最後にランスロットからのダイレクトメールは途絶えた。

 そんな最後の文面を前に『彼』の内側には様々な感情が行き交っていた。

 

 結局訴えられないだろうという事への安堵感、

 ユカリにもランスロットにもしてやられたような悔しさ、 

 なんだかんだ有名なクリエイターとして認識していた存在とやりとりを交わせた緊張感と満足感、

 そしてある意味婉曲的に褒められた事への――


(いやいやいや、それはない)


 元々承認欲求を満たす為に始めたエックスターでの動画編集者としての活動であり、磨いた技術。

 バズること自体は望む所だ。

 しかし、全く無名のVTuberをバズらせるための動画なんて、ソイツを意識してると言わんばかりで恥ずかしいじゃないか。

 

 いや、だが、しかしだ。

 今回の件で、元々動画編集者としての自分をフォローしていた人間に与えたマイナスイメージ、それは払拭しておかねばならないだろう。

 それに、世間に蔓延っている過ちを認めないダサい大人と同一視はされたくなかった。

 だがかと言って、自分の行動を間違っているなどと認めたくはない。

  

「う、うーん……」


 そうして考え抜いたあげく『彼』は――――――。




@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@




 炎上していたVTuber『クロス・ユカリ』の第3回目配信から一夜明けて。

 そもそもの炎上の元となった動画制作者のエックスターアカウントに、コメントなしの1つの動画が投稿された。


 それは昨晩のユカリの配信を切り抜き、面白おかしくまとめたもので、

 ユカリの悲鳴やゲーム的無様さがこの上なくギャグとして昇華されていた。


 その動画には、ユカリへの謝罪は含まれていなかった。

 だが、過剰な煽りや事実の捏造も含まれていなかった。 


 それを両者の和解と感じたのか、

 あるいは期待されていた『炎上の毒』めいた成分が混じっていなかったせいか、

 それ以後ユカリの炎上は呆気なく鎮火していった。

 ネット的な影響としては、VTuber『クロス・ユカリ』をポジティブな意味で広めるのにはささやかに一役買ったが、その程度でしかなかった。


 そして、それと前後して。


「え!? えぇぇぇぇぇっ!?」


 VTuber『クロス・ユカリ』のOver The World Tubeでのチャンネルの登録数に『7』の数字が刻まれる事となり。

 クロス・ユカリであるところの八重垣やえがき紫遠しえんは、喜びと驚きのあまり、朝から奇声を上げたのだった。


「姉さん、キモいしうるさいしキモい」

「キモい2回も言われたっ!?」


 ――ちなみに、奇声のせいで家族に心配され、妹に怒られるというオチがついたりもした。


 だが、この一連の出来事はVTuber『クロス・ユカリ』のドタバタ黎明期の始まりに過ぎず。



「クロス・ユカリ……いいじゃん、ボクの新しい推しにしてあげるね……ふふふふ(ニチャリ)。

 あ、やべ、キーボードがっ!?」



 新たな騒動の呼び水ともなったのだが、それについて紫遠はまだ知る由もなかったのだった――。

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