第22話 ダイレクトメールに込められたのは思惑か、想いか
『突然のダイレクトメール恐れ入ります。
恐らくご存じだと思いますが、VTuber『クロス・ユカリ』と申します。
本当は丁寧に事と次第、思う所などをご説明したいのですがメールでの長文はいかがなものかと思うので、
短くした結果、不躾な文面になってしまう事ご容赦いただければ幸いです。
おそらくそちらは先日私の配信に来てくださっていた方だと私は思っており、
以下はそれを前提となるお話となります。
もしそうでなかったら大変申し訳ございませんが、聞き流しいただければと思います。
重ねてになりますが、突然の不躾なメール申し訳ございません』
それは数時間前、世界に数あるSNSの1つエックスター……
そのメール機能に送られてきた、VTuber『クロス・ユカリ』からのメッセージだった。
送られた当人である『彼』は少し驚いていた。
『彼』は彼女を揶揄する内容の動画を投稿していたので、
彼女が自分を特定――彼女の配信を荒らしていた人物当人だと気づくのは然程おかしくはない。
クロス・ユカリが人気VTuberならまだしも、彼女は配信を始めてまだ数回。
そんな彼女のアンチ動画を作る人間なんて、普通に考えて限られるからだ。
ゆえに『彼』が驚いたのはそこではなく、彼女自ら『彼』に接触してきたことである。
『彼』は、先程までユカリの身体をデザインした、
有名クリエイター・ランスロットを敵に回し、訴えられ炎上してしまうのではないか、そんな事を考え恐れていた。
ゆえに、ユカリもまた自分に対してなんらかのアクションを取る為に接触してきたのではないか?
そう思い、警戒しながらも文面を読み進めるも、そこにあったのは予想外の内容だった。
『先日の配信においての私の発言ですが、
あなたによるランスロット先生への、
事実と異なる言動への怒りについては謝罪しません。
それは先生への敬意であると同時に、
他の方によるあなたと同様の発言で、
今後先生に御迷惑をお掛けしない線引きとしての判断ゆえ、
ご容赦いただければ幸いです。
ただ、あなたに対して配慮の欠けた、
勝手な考えの押し付けをしてしまった事は、深くお詫び申し上げます。
正直な所、私はあの時緊張や動揺でいっぱいになっておりました。
でも、それはあなたを傷つけるような事を言っていい理由にはなりません。
本当に申し訳ありませんでした』
そこには、前回の配信での出来事についての判断と謝罪、そして――。
『あなたの怒りの込められた動画も拝見しました。
私に関してはそのままで構いませんので、ランスロット先生への誤解が生まれるような箇所だけはどうか訂正いただければ幸いです。
お詫びになるかはわかりませんが、あなたのブロックは解除しました。
そして、今日の配信では視聴者参加型ゲーム『ライジング☆アワーズ』を予定しております。
もしよかったら、ご参加いただき、そこで私への不満をゲームとして叩き付け、発散していただければ、と思います。
虫のいい発言だと重々承知しておりますが、
これをもってあなたと和解出来る事を切に願っております。
長文、乱文失礼いたしました』
という、あれだけ配信を荒らした自分のブロック解除と、
今日の配信への招待が綴られていた。
正直、信じられなかった。
自分へのダイレクトメールはまだいい。
おそらく、まだ無名の自分だからこそ出来ると判断して踏み切ったんだろう。
VTuberに限らず人気の配信者であれば、個別対応などいくらやってもキリがない。
だが、今のうちならば、再犯防止や釘をさす意味でそれ自体は理解出来る。
謝罪も媚びを売る為、再び荒らされない為、だと考えれば妥当な所だ。
だが、ブロック解除をした上に、配信に招くのは分からない。
なんとなく彼女――ユカリのエックスターを確認する。
今日配信すると言っているが、まだエックスター上での内容の告知はされていない。
つまりわざわざ先んじて『彼』に連絡して――ゲームの準備を呼びかけている事になる。
『ライジング☆アワーズ』は基本無料のゲーム。
要求スペックも高くないので、配信を見る何かしらの媒体があれば参加は容易だ。
……それ以前に『彼』も既にインストール済みなので、そもそも準備は必要ないが。
再び荒らさせて被害者を演じようというのだろうか?
いや、わざわざそんなリスクを背負う必要は――。
(……そういうことか)
そこまで考えて『彼』はユカリの目論見を看破した。
少なくとも『彼』自身は見抜く事が出来た、そう確信している。
おそらくユカリは『彼』が参加するかしないかなど二の次。
このダイレクトメールを送って、和解を呼び掛けて、視聴者参加型ゲームをする――そういう流れがあればいいのだ。
そうしておいて、
おそらく前回よりも多く人が集まった配信を終えた最後辺りにこう言えばいいのだ。
『実は、件の人物がゲームの参加者にいる。
ダイレクトメールを送って和解を呼び掛けた。
こうして皆仲良く遊んだし、和解のメッセージも貰った、最終的には皆ハッピー!』と。
そういう意味で『ライジング☆アワーズ』は実に都合がいい。
ジェスチャーは実装されているが、何かしら文字での主張は出来ないからだ。
そして、どれだけゲーム内で『凶暴に暴れて』も、それはゲームの範疇内でしかない。
むしろ配信のネタとして昇華出来る可能性もある。
仮に配信そのものを再び荒らされた場合は『和解を呼び掛けたけど残念な結果になった』と再度ブロックすればいい。
面倒ではあるが、単なるブロックよりユカリの印象を良くする事が出来るだろう。
そういう茶番で丸く収めつつ自分の人柄をアピール、多少でも視聴者を確保する……クロス・ユカリはそんなことを思い描いているに違いない。
思考の末『彼』はそう判断した――幾つかの矛盾点に気づかないままに。
(そっか……まぁ、よく考えたじゃないか――なら、そいつを台無しにしてやるよ)
そうして『彼』は決断した。
ユカリ主宰の『ライジング☆アワーズ』配信に参加する事を。
そして、ユカリを徹底的に否定する自身のプレイを全て録画。
ユカリが『彼』の想定通りの行動を取ったら、ダイレクトメール含めすべてを暴露。
和解する気など欠片もない自分を利用した上で、良い顔をして売名しようとしたと再び炎上させてやろう――と。
『えー、それではまず、私含めた12人でゲームしていこうと思います。
プレイしてる人も見てくれてる人も楽しめるよう頑張っていきましょうね』
そんな自分の思惑も知らず、
能天気に、いや能天気を装って一緒にゲームに参加するプレイヤーに呼び掛ける『クロス・ユカリ』。
そんな彼女の思惑には乗るまいと『彼』はノージェスチャーをもって意思表示をした――のだが。
『そ、それではゲーム開始と――ぎゃあぁっ!? 何故か私のゲームだけ落ちたぁ!?
ちょ、ちょっと待ってくださいね再起動再起動……うう、すすす、すみませんすみませんー!?』
(な、なんかやる気削がれるなぁ――)
ゲーム開始以前にトラブルを発生させるユカリの姿に『彼』は思わず画面の前で顔を引き攣らせたのだった――。
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