第13話 Masked Virtual・Ⅰ

「うわあ……まだ67人いらっしゃるぅ……!?」


 私・八重垣やえがき紫遠しえん

 いよいよVTuber『クロス・ユカリ』の第2回目配信を始めようとしてるんだけど……

 予想以上に人数が集まっていて戸惑っております。


 だって前回の初回配信で、私やらかしちゃったんですよ?

 ミス連発して、パニックって、泣き喚く大惨事。

 なのに、初回より人が増えるってどういうことなんだろ?


 正直訳が分からなくて逃げたくなっております……ううう。

 

 でも――頭の中に思い浮かぶ、

 私にとって推しの概念を教えてくれた最初のVTuber・みなもと光莉ひかりちゃんの存在が、

 そして私のもう一つの姿にして仮面たる、クロス・ユカリが私の逃げ足染みた心を地面に縫い留める。

 実際、折角ユカリの姿を作ってくださった霞さんに申し訳ないですしね、うん。


 まあ、それはそれとしてめちゃ震えてるんですががががが。

 で、でもそうこうしてるうちに配信開始時刻が迫っております。


「えっと、あの、その、うううぅっ!?」


 こう、何と言いますかね!?

 何か最後の一押しがほしいんですがががが。

 でも、誰かを頼るのもなんか違うし……ああ、一体どうすればっ!?


 こんな時、私が昔から敬愛している変身ヒーローの皆様はどうやって――。


「……そっか」


 そうだ、『変身』すればいいんだ。

 いや、昨日からしてるんだけど、こう、まだ自覚が足りてないというか。 

 私が『クロス・ユカリ』に変わる事をより意識しなくちゃいけない。 

 

 その為の『呪文』を――私は思いついた。

 ヒーロー達がその姿を変える時の合言葉を、私なりの言葉で作ったのです、ええ。


「ふぅぅぅ……」


 深呼吸して配信態勢を整える私。

 そうしてすぐに始められる状態で、私は宣言した。


「マスクド! ヴァーチャル!!」


 その瞬間、私の脳裏で駆け巡るのは変身シーン。


 陰キャで引き篭もりの八重垣紫遠が、

 電脳界を守ってきた元スーパー変身ヒロイン『クロス・ユカリ』へ変わるイメージ。


 一部破損したユカリのデザインそのままに、その変身は不完全。

 私はまだまだ陰キャの引き篭もりでしかない……けど、それでも。


 そんな想いで、いつの間にか閉じていた目をゆっくりと広げ、私は世界を視界に収めた。

 ここにある機材一式と、配信画面、クロス・ユカリの姿、向こう側にいる人達を。 


 これが、今の私。 

 どんなに未完成でカッコ悪い自分でも、ここから始めていくしかない。積み上げていくしかない。


「……よ、よーし」


 ようやく心を整えた私は、開始を待ってくださっていた視聴者の皆様に挨拶を告げる。


「み、皆さん、こんばんは。初めましての人は初めまして。

 今回が配信2回目という事で……って、え?」 


 そうして名前を名乗ってから、

 今日の予定となっている軽い雑談を挟みつつ、

 ファンネームとかを話し合って決めれたら……そう思っていたんだけど。


---------------------------------------------------------------------------- 


今回も多分音声事故で草

???

マスクドヴァーチャルってなに?

というか『よーし』が可愛かった件について

逃げずに配信したのは評価点

マスクドヴァーチャル気になるw


---------------------------------------------------------------------------- 


 って、ぎゃああああっ!?

 あの瞬間に配信開始しちゃってたの私ぃぃぃぃ!?


 視聴者の皆様の反応からして、画面的な事故は起こってなかったっぽいのでそれは安心。

 でも、その代わりに私の『合言葉』がネットの海に解き放たれてしまったんですががががが。


 こう、なんでしょうね……昔の妄想を記したアレコレが暴露されたような、そんな感じ。


 まあ、つまり――超絶恥ずかしいって事なんですけどね。


「あ、あばっ、あばば……あ、わわわっ!?」


 思わず奇声気味に狼狽する私でございます。


---------------------------------------------------------------------------- 


焦っとる焦っとるw

落ち着けw取って食わないからw

そんなことより説明はよ

切り抜き見てきたけど、本人おもろいw

冷静な対応が出来てない

マスクド!ヴァーチャル!(キリッ)草


---------------------------------------------------------------------------- 


 昨日よりも多めに流れていくコメント欄。

 それは光莉ちゃんの配信と比べれば速さも量も全然だと思う。

 だけど、それでも私はてんてこまい。

 改めて光莉ちゃんの凄さを実感しますね、ええ。


 でも――なんとなく昨日の大失敗ほど慌ててはなかったり。

 まあ、昨日程やらかしてない気がするし……あと、被った仮面の効果も出てるみたい。


 なので私は思いっきり赤面して顔が熱いながらも――それでも、画面に向き合った。向き合う事が出来た。


「あわ、あぐ、うぐぐ、えと、その、ごほん。

 し、失礼いたしました。

 いや、その……さっきの音声は、乗せるつもりはなかったんですよね――」


 そうして、私は67人の視聴者の皆様との時間へと飛び込んでいくのでした。

 ……うう、2回目どうなるかな――が、がんばろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る