第9話 『答』を得るのはまだまだ先の話

『いや、済まなかったね』


 ひとしきり笑った後、パソコン画面内のかすみ内人ないとさんは、被っているVTuber・みなもと光莉ひかりちゃんの仮面(?)を整える。

 表情動かない顔の下から笑ってる姿って、中々シュールだなぁ。

 見る時間帯を間違えたらホラー映画かもしれない……って失礼な事を考えてしまって反省。


 ともあれ、私・八重垣やえがき紫遠しえんは戸惑いながら改めて画面に向き合う。

 そのタイミングを見計らったように霞さんは言った。


『実は君以前、同様の内容を提案した事がある』

「ひ、光莉ちゃんたちを叩き潰せば、VTuberの身体をただで作るって事をですか?」

『ああ、そのとおりだ。

 だが、大半の人は冗談だと受け流し、あるいは逆に本気で叩き潰す発言したりだった。

 俺が本当に望んだ解答をしたのは――君が初めてだ、八重垣紫遠』

「へ? わ、わたしのが、望んだ解答、だったんですか?」

『ああ。俺が君に語った事に嘘はない。

 俺が源光莉に思い知らせたいと思ったのは、紛れもない事実だ。

 だけど、それは単純な敵対や対立によるものじゃない。

 VTuber業界の複雑な在り方ゆえだ』

「ふ、複雑な在り方……」


 反芻するように私が呟くと、霞さんは小さく頷いた上で言葉を続けた。


「ああ。

 VTuberと一言で言っても、その在り方は多種多様。

 自らが定めた設定を順守するタイプ、

 普通の配信者があえてVTuberという仮面を被っているタイプ、

 それらを使い分けるタイプがあり、

 今挙げた中でも、それぞれのルールや都合でタイプは細かく細分化される。

 しかも、さらに別の区分として個人や企業勢があり、

 そしてそれらがコラボという名目で交差する事が日常茶飯事。

 そんなVTuber業界は、まさにカオス、そう言っていいと俺は思っている』


 確かにVTuberという世界は、霞さんが今口にしたとおり、結構複雑怪奇、まさにカオスだと思う。


 例えば漫画家や小説家にはそれぞれのジャンルの違いがある。

 でも大本を辿れば『漫画家』、『小説家』という在り方は共通だ。


 VTuberもそのはず……なんだけど。

 その大前提の定義がヒトによって違うので、在り方が共通かどうかが若干怪しいというか。

 うーむ、言語化するのは苦手だなぁ。


 その事に私が頭を悩ませていると、霞さんが言った。


『でも、そんなカオスな世界だからこそ、発展の余地がまだまだある。

 VTuberというのは、可能性に満ちた職業であり世界だと俺は思っている。

 その業界を盛り上げるのに切磋琢磨は欠かせない――が、その対立は真剣ながらも緩やかであるべきだ。

 VTuberという仮面は基本頑丈だが、時としてひどく脆い、相手を傷つけかねないものでもあるからね』

「???」

『すまない、個人的な思想を話過ぎた。

 つまり君が口にしたのは、俺の考えている理想のVTuber像にとても近く、それゆえに俺は君を気に入った、そういう事だ』

 

 ……えと、つまり、という事は――!?


「あの、その、それってつまり……?」

『ああ。

 八重垣紫遠、君のVTuberとしての姿を俺が作るのを約束しよう。もちろん無料で』

「む、むむむ、無料で!?

 でもその、流石にそれは……せ、せせせ、せめて半分でも支払いを――!」


 改めて考えるとやはり悪い気がして、

 私はわたわたと身振り手振りで支払いの意思を伝えようとする。

 

 だけど、霞さんをそれをパタパタと手を横に振って否定した。


『いや、必要ない。少なくとも今はね』

「い、今は?」

『うん。――最初俺はそう言ったはずだ。

 君がVTuberとして一人前になって成果を上げた時、相応しい報酬を支払ってもらう。

 まあ、俺なりの先行投資だと思ってくれ』

「……んんん……う、うーん……わ、わかりました。

 ひとまずは……そういうことで」


 正直それでもいいのかなぁ、とは思ったけど、

 今日の目的としては予算内でVTuberとしての身体を手に入れる事なので、

 本末転倒になっちゃいけないよね、とどうにかこうにか無理矢理に納得しました。


「で、でも私で本当に先行投資になるんです?」

『そこは、俺なりに君を観察しての結果だ。

 多分君は――の人間だと思うよ』


 いや、そんな事は多分ないと思うんですけどどどどどど。

 私がそうツッコミ(?)を入れようとした時だった。


『ただ、1つだけ忠告しておくよ。

 自慢じゃないけど、俺はVTuberの【親】としてそこそこ知られてる。

 そんな俺が作った身体を使うのは、それなりにリスクもある。

 1つだけでは波風が立たずとも、組み合わさって嵐になる事もあるからね。

 気をつけてもどうにもならない時もあるが……それでも気をつけるといい』

「えと、その、はい? わかり、ました。多分?」




 正直、その頃の私には実感がなかったんだよね。

 別に忠告を半端な気持ちで受け取ったつもりはなく、当時の私なりに真剣だった。


 まあ、だからこそが起こるのは必然だったんだと思う。




「あ、嵐っていうか……」


 私はネット上の私の『呟き』やらの数値がどんどん上昇していくのを見て頭を抱えた。

 そりゃあもう、パニック状態で。


「これって大炎上じゃないですかヤダァァァァァァ!?」


 近い将来、大炎上に見舞われた私は思わず叫んでしまうのでした。


 ううう、何故こんな事にぃぃっ!?

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