第6話 ファンか、アンチか、謎の怪人?

 私・八重垣やえがき紫遠しえんは、幼い頃から特撮好きでヒーロー好きでした。

 誰かの為に懸命に困難に立ち向かう彼らの姿は、変わらず私の憧れです。


 そんな私を『女なのに変なのー!』とからかう男子は結構いた訳で。

 そういう経験もあって、私は他人様の趣味を一方的に批判したり偏見を持ったりするのが好きじゃないのです。


 だから、好きなマンガで『好きなものに本気で打ち込んでるなら上も下もない』という言葉を見た時は胸打たれましたね。

 そして私もそういう考えでありたいと日頃から思っております……思っておりますが。


 ちょっと目の前の状況に思わず平常心が揺らいでいたり。


『人を見ていきなり奇声は失礼じゃないか?』

「あ、はい……そ、そそそそ、そうですね」


 そう答える私の目の前――パソコンのネット会議ソフトで映し出されている人物に頭を下げる。


 そう、その人物のお姿が私の平常心を揺るがしております。


 なんとその方――私の友人の従兄である人物・かすみ内人ないとさんは現在、

 私の推しのVTuber、みなもと光莉ひかりちゃんの着ぐるみ型コスプレをしていた。


 知っている人は知っているかもしれないけど、

 日曜日朝の女の子が変身するアニメ作品の催しで、キャラクターショーが行われる事がある。

 その場合に使われる着ぐるみ……そのものの姿をしているんです、ええ。


 これがコスプレのイベント会場とかならまだ動揺せずに済んだと思う。

 だけど、依頼内容について話す気満々で画面を開いたらこれだったので……うん、衝撃的でした。

 そして、背景――見えている範疇での画面の方のいる場所が、無機質な仕事場という風情だったのもあってですね。

 有り体に言えば……シュ、シュール過ぎるっ!!


 いや、いけないいけない――私は頭を軽く振って心を整える。


 私だって初対面の相手に吹き出されたりしたら傷つく。

 いや、そもそも話し合いの場にその恰好はどうなんだってツッコミどころはあるんだけど!


 でも、それはそれ、あちらにはあちらの考えがあるかもしれないし。


 あくまで私が修行不足なだけ、うん、きっとそう。


「――す、すみません。大変失礼いたしました」

『……。謝罪してくれたのなら構わない』

「あ、ありがとうございます」

『……』

「……」


 しかし、かと言って生まれてしまった空気は消せない訳で。


 ど、どうにかしないとだよね……うう、陰キャには荷が重いなぁ。

 でも、不向きは承知でVTuberになろうとしてるんだし、その練習と思ってがんばろう。


 あ、現状の私の心境というかハードル的な状態を分かりやすく言えば、


 外に出て以前のように働く>>>>>>>>>

 引き篭もりのままVTuberに挑戦する>>>>>>>>>>>>>>>>

(羞恥心や不安その他の心理的壁)>現状に甘んじて家に迷惑を掛けたり、推し事ができない


 ぐらいの感じです。


 あ、はい、すみません本題に戻ります。

 

 内心汗を流しまくりながら思考を駆け巡らせた末に、私はピキーンッ!と閃いた。

 そう、そうだよね、私達には共通の話題がある……はず、うん。


「えと、その、しょ、初対面で不躾ですが、仲間であったら嬉しいので――

 も、ももも、もしかしてヒカジューですか?」


 ヒカジュー――光莉ちゃんの世界の住人の略称で、彼女のリスナー、ファンの名称だ。

 少なくとも光莉ちゃんの姿をしているという事は、好ましく思っている……と、思う。

 そこから話を発展できれば、と思ったんだけど。


『……今の俺は純粋なヒカジューじゃない』


 と淡々とした言葉で返されてしまいました――ぐぐっ、ちょっと返しに困る回答。

 しかも光莉ちゃんの顔を被ってるから表情が読めないんですががが。

   

「えっと、その、でも、アンチとかじゃないんですよね?」

『アンチだと? あんな連中と一緒にしてもらっては困るんだが』

「うひぃっ!? す、すみませんっ!」


 語気強めに返されたので思わず引き気味になる私。

 そんな私を哀れに感じたのか、かすみさんは溜息をはいた様子の後、トーンを落として言った。


『まあ、こんななりしてファンじゃないと言われても困惑するか。

 この姿は云わば戒めであり、鎧。

 彼女と同じ道を歩めなくなった俺だが、アンチにはならない、その決意なんだ』

「そ、そうなんですか……」


 言っている意味は正直ハッキリとは分からない。

 ただ、この人が本気らしい事は伝わってきた。

 少なくともこの人がかつて真剣なヒカジューだった事は間違いないよね。

 本気じゃなきゃ、こんな格好を仕事依頼の話の場で出来る筈がないだろうし。


 であるなら、うん、ひとまずは納得できたので普通(?)に話せそうだ。

 

「あの、ちなみに、いつもその恰好で?」

『ああ、家にいてイラストの仕事してる時はそうだな』 

「依頼について、こうしてお話する時もそのお姿で?」

『普段そういうのはメールや仕事用チャットで済ませるから、格好は問題ない』

「な、なるほどぉ…えーと、その――どう伝えていいか分からないので簡素な表現になりますが……す、すごいですね?」

『何故疑問形なんだ。

 それが純粋な感動なのかどうかはあえて聞かないでおこう。

 じゃあ、そろそろ仕事について話そうか』


 そうして、ようやく私達は本題について話す事となったのでした。

 うーむ、ど、どんな会話を展開する事になるのか正直予想できないです、ええ。

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