5月14日 ティティとモンジ(2)

 デバデバナブタネズミは南の暑い国の原産で、沼地に縄張りを張って生活しているおり、野生下での寿命はおよそ二年、飼育下では十年以上も生きた例があるそうです。出っ張った鼻は嗅覚と触覚に優れ、それで匂いを嗅ぎ、触れて食べ物を探すのだそうです。下方向についた口で苔や虫などを食べますが、一番のごちそうは岩肌に張り付くアチャー貝です。(アチャー貝はその国固有の赤身がちょっと気持ち悪い貝です。)長い前歯を釘抜きのように使って貝を剥がし、捕食するのだそうです。ただし、アチャー貝はビビロノノス虫に寄生されていることがあり、それを食べてしまうとデバデバナブタネズミはお腹を壊して死んでしまうのだそうです。寄生虫というのはなんて恐ろしいのでしょう!


 デバデバナブタネズミには体毛がほとんどありませんが、実は生まれてすぐの頃にはふさふさした毛に覆われています。生まれてすぐのときには肌が薄いため、蟻などに食いつかれないよう毛を生やしているそうです。しかしおとなになると活動的になり、毛があると暑いですから、それらはどんどん抜けてピンク色の地肌が見えてきます。デバデバナブタネズミはよく泥遊びをしているそうですが、これによって火照った体を冷やすのです。そしてときに遠くへお散歩するときには、体中に念入りに泥をつけ、日焼けを防ぐ健康意識が高い一面もあります。


 デバデバナブタネズミの足は、苔に濡れた岩肌を登りやすいよう少し硬いボツボツした突起があり、意外にも指が長く、地面をしっかり掴んで歩くことができます。泳ぐのも好きでよく沼に入るのですが、水かきがないため泳ぐのは下手です。ですからすぐに鳥に見つかって食べられるそうで、それを免れても、溺れて魚の餌になることも少なくないそうです。そして他の生物に食べられるその瞬間、デバデバナブタネズミはキィと鳴くのです。それを聞いた他のデバデバナブタネズミはすぐに岩陰や木陰に隠れ身を守ります。デバデバナブタネズミは滅多に鳴きませんが、仲間に危険を知らせるときと求愛のとき、それから友達が落ち込んでいるときにだけ鳴くそうです。


 デバデバナブタネズミはお月さまも好きで、月の明るい晩にはみんなで寄り集まって空を見上げる姿が何度も目撃されているそうです。これらはシェリー奥様が持っていた世界のネズミ辞典の受け売りで、そこには、月を見上げるネズミを「未だ解明されない不思議な生態」と書かれていましたが、みんなで月を見るのに理由なんて必要でしょうか?


 ティティとモンジは、私の妹と弟です。二匹は見た目がよく似ていますが、ティティのほうが少しふくよかな見た目をしています。ティティは優しくて慎重なところがある女の子で、モンジは好奇心旺盛な男の子です。


 二匹のお家は私の学習机の上の鳥かごの中です。それは美しい針金細工でできていているのですが、モンジはよく出たがって、そのよく出張った鼻をかごの隙間から出してヒクヒク動かし、それに私が気づかないと、器用に横を向いて針金を噛み始めるのです。私が意地悪してかごを開けてあげないと、「あーもう、うるさいわ」とでも言うようにティティが起きてきて、モンジの尻尾をかじります。すると二匹はくんづほぐれつの喧嘩を始めるのです。


 しかしデバデバナブタネズミの体の特性からして、出張った鼻が邪魔でなかなか相手に噛みつけず、もみ合いの末ようやく相手の鼻先をかじったほうが勝利となります。


 ティティのほうが体が大きいのですが、すばしっこいモンジが勝つこともあります。鼻先を噛まれた方は「ぎゃあ」と言って隅っこに引っ込んでしまいます。すると勝った方は相手を心配し慰め、鼻先を舐めてあげます。自分の鼻に邪魔されながらも一生懸命舐めてあげ、やがて二匹は抱擁し、互いの鼻を舐め始めます。


 それはまるで恋人のようで、私はそれを見てうっとりすることもあれば、嫉妬に胸を焦がすこともあり、そういうときは外に出たがったモンジ一匹をつまみ上げ、外に出してしまいます。するとモンジは「嫌だ、嫌だ、ボクも牢屋に入れて」と哀れな声で泣いて、鳥かごにすがるのです。


 私が哀れに思ってティティも外に出して上げると、自由になった二匹は愛の抱擁を交わすのです。

 そして私はまた嫉妬するのです。


 私はなぜ他人の幸せを素直に喜べないのでしょう。


「あのね、私、広瀬くんを、好きになっちゃった」


 今日、ノンちゃんは泣きながら私にそう打ち明けました。私が余りのショックに言葉を失っておりますと、


「広瀬くんのことを考えるとね、幸せな気持ちになってね、その後、ルリ子ちゃんの顔が浮かんで、悲しい気持ちになるの」


 驚いた私の胸から湧き上がった感情は怒りでした。私はここに書くのもはばかられる程のひどいことをノンちゃんに言いました。心に全く余裕がないときに出てくる言葉がその人の本質を表すのだとしたら、私の性根はとても悪いのだと思います。湧き上がった怒りが収まった今、私はとても後悔しています。


 明日学校へ行きましたら、真っ先にノンちゃんに謝ろうと思います。




5月15日 


 今日、ノンちゃんは学校に来ませんでした。

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