9月19日 ノンちゃん(1)
また日が空いてしまいました。最近は新人戦に向け部活が忙しく、日記を開く気になかなかなれなかったのです。
まだまだ厚い日が続いていますが、空の高さに秋の兆しが見え始めています。
昔、村中先生に、「なぜ夏はお空が近くて、冬はお空が遠いの?」と尋ねたとき、村中先生は雲のできる仕組みと雲の高さの違い、それから、太陽の角度による空の青の違いから説明してくださいました。そのときは意味がわからず聞き流してすぐに忘れてしまったのですが、今日学校で、雲の成り立ちを教わり、急にその時のことを思い出しました。いつか空の青の違いについても学校で習うのでしょうか。
さて、私の親友、ノンちゃんについて紹介いたします。他の人は親友と最初に喋った日のことをを覚えているものなのでしょうか。私は残念ながら覚えておりません。気がつくと隣りにいて、心地よく話すことができる相手、それがノンちゃんでした。
私はちょっと鈍いところがありますから、ノンちゃんが先日の授業参観で母親に「親友の、ルリ子ちゃんよ」と紹介するのを聞いて、(ノンちゃんは私の親友なんだ!)と気づくことができたのでした。
ノンちゃんは私と同じクラスで、同じバドミントン部の女の子です。彼女は少し変わっているけれど、とっても魅力的で可愛い女の子です。
彼女は大勢の前ではあまり話さず、しかし二人きりになるととてもよくお喋りするタイプの女の子で、大きめの鈴がコロンコロンと鳴るように喋る様は、聞いていてとても心地よいものでした。
私達は気づくといつも一緒にいて、英単語をソラで言えるよう問題を出し合ったりする仲になっていました。
私とノンちゃんは、互いの家を行き来するほどの仲でした。ノンちゃんのお家はとても近代的で、例えば外壁は、なんでも日の光に当たると汚れが自然に落ちるのだそうで、いつも眩しいほど真っ白でした。
家の中は最新の空調が揃っていてどこにいても快適で、調度品なども珍しいものばかりで行くたびに私の好奇心はくすぐられました。
デジタル数字が中空に浮かび上がって見えるデジタル時計などは特に私を驚かせ、「どうなっているのかしら!」と声を上げたほどでした。そういうとき、ノンちゃんはなぜかちょっとくすぐったそうに、仕組みを説明してくれるのです。
ノンちゃんはノンちゃんで、村中先生の家の古いものに興味津々といった様子で、針が浮いて見えるアナログ時計に「どうなっているのかしら!」と驚いたりしていました。
私はその様子に得意になりましたが、残念ながら仕組みを知りませんでしたので、「魔法の時計よ」と言ってごまかしたりしておりました。
シェリー奥様は古く珍しいものが好きでよく集めており、またヘンドリックが珍しいものを見つけるとすぐにシェリー奥様に持ってくるものですから、そういった調度品は納屋にもシェリー奥様のお部屋にも収まりきらず、めったに使わない客間をも埋め尽くしていました。
例えば木目に陰影を足して絵を書いた外国製の食器棚。例えばおじいさんの顔の形の取っ手がついたカラクリ箪笥。村中先生の家はそのような珍しいものに溢れていました。
シェリー奥様はえらいもので、そのすべてを蜜蝋でピカピカに磨き、綺麗に飾っておりましたから、そこは一種の博物館のようでもありました。もちろんそれらは道具ですから、箪笥を開けると樟脳の匂いとともに奥様が買い集めた衣服の生地が顔を見せます。
食器なども多くあり、私とシェリー奥様はその日のお茶とお菓子にどの食器一番ぴったりかという議論をよく楽しんだものです。見慣れてしまえばなんてことない光景ですが、ノンちゃんはとても面白がってくれました。
ノンちゃんの学習机の椅子は、なんと電気で動き、背もたれや足置きの角度を調節することができました。それに驚いた私は、負けじとノンちゃんを家に呼び、いろいろな種類の椅子──革張りや籐編み、木製でビロード張りのもの、大きいもの、小さいものなどを彼女の前にを並べてみせて、「お尻の気分に合わせて選ぶことができるのよ」と自慢したりもしておりました。
ノンちゃんは私の浅ましい自慢に嫌な顔をすることなく感心してくれ、鼈甲の丸眼鏡をかけ、パイプを片手に揺り椅子を揺らし、「私、名探偵みたいだわ」と楽しんでくれました。
そうそう、私達はよく贈り物もし合っておりました。私はよくシェリー奥様とお芝居を見に行くのですが、館内や館外には人通りを見込んだ雑貨店が立ち並び、お芝居の後はお喋りをしながらそれらの店を冷やかして回るのが通例となっておりました。
そしてたまに気に入ったハンカチやヘアブラシなどがありますと、それを買って帰ったものです。これまでは自分がほしいものを選んでいましたが、ノンちゃんと友達になってからは、ノンちゃんが喜びそうなものを選ぶことが多くなりました。
だって、手は二本しかないのに、自分用のヘアブラシがたくさんあっても仕方がないでしょう? 私は小物はよくブルーなどの寒色のものを選びました。私の肌は薄く、青い静脈がうっすら見えるほどでしたから、赤よりも青の方がよく似合ったのです。
しかしノンちゃんはどちらかといえば血色がよく肌も小麦色でしたから、赤や橙といった暖色がよく似合いました。ですからノンちゃんへの贈り物は、今まで自分では選ばなかったものを選ぶ楽しみがありました。
鳩の彫刻のオルゴールや、鯉の刺身を乗せたくなるような大きなガラスの平皿など、きれいなものを見つけてはノンちゃんに贈り物していました。のんちゃんは貰い物上手で、赤いヘアピンを送ったときには、それを襟につけ、「おそろいだね」と言って私を喜ばせてくれたりもしました。
私は襟にブルーのヘアピンをしていて、それは自己主張の手段でしたけれど、ノンちゃんに真似されるのはむしろ嬉しく思い、それが不思議に思いました。きっとこれが親友の妙なのでしょう。
ノンちゃんも私に家族旅行のお土産をいろいろ贈ってくれました。磁石の力で空中に浮かすことのできる地球儀だとか、岩塩といって、舐めると塩辛い不思議な石だとか。
土地の神様の像を贈ってくれたこともありました。
「これはお願いすると願いを叶えてくれる神様なのよ」
ノンちゃんがそう言いましたので、私がちょっとおどけて「ノンちゃんが、幸せでいられますように」とその神様に手を合わせますと、ノンちゃんはちょっとびっくりしたような顔をして、それから私に抱きついてきました。
「うわあ、嬉しいわ」と私をぎゅうぎゅう抱きしめながら、ノンちゃんはしきりに感心していて、私はちょっと戸惑ったものです。
白状しますと、私はこのとき、ほんの少しの胸の高鳴りを感じました。ノンちゃんの肌はバターのたっぷり入ったクッキーのような香りがして、シェリー奥様に抱きしめられるのとは違う、なにか異質な高揚を感じたのです。
私は理性でその高揚を抑え込もうとしましたが、まるで胸のうちに別の生き物がいるかのように高揚がザワザワと蠢き、抑えた理性の蓋の隙間から溢れ出るのを感じました。
私はぐいとノンちゃんを引き剥がしますと、「普通のことよ」とそっけなく言いました。ノンちゃんは私の胸の内の異常に気づいたのか、ちょっと妙な顔をしました。私は広瀬くんに恋をしているのですから、他の人に胸を高鳴らせるわけにはいかなかったのです。
「人の気持ちは変わるものよ」
いつかシェリー奥様はそう言いましたが、私は私の気持ちが変わってしまうのが怖かったのです。
ともかく、ノンちゃんは私の一番の親友で、部活の新人戦では当然のようにペアーを組んだのでした。
もう少し書きたいのですが、眠いのでここまで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます