飯田さんと深雪さん

そうして深雪さんにお弁当を渡す日を迎えた。

僕と飯田さんは以前、深雪さんと会った公園のベンチで座って待っていた。


「そういえば、深雪さんはどうやって呼んだの?」


深雪さんは飯田さんと距離を取っていると以前聞いた事がある。

飯田さんの直接の誘いに深雪さんが素直に応じるのだろうか、と疑問に思っていた僕は飯田さんに尋ねた。


すると、飯田さんは、「ああ、その事なんだけどね」と、言うと、言いづらそうに口を開いた。


「私と深雪の共通の友達に連絡を入れてもらって、ここで会う約束をしてもらったの。騙す形にはなるけど、深雪にもう一回笑って食べて欲しいからその為に協力してって伝えて、連絡を取ってくれたんだ」


「良い友達だね」


今でも深雪さんの周りには力になりたいと思ってくれている友達がいる。

少し騙す形にはなってしまうだろうが、深雪さんを思う気持ちは必ず届くはずだ。


そう思っていると、飯田さんは突然、「あっ」と、声を上げた。


飯田さんの視線の先を見ると、深雪さん歩いていた。

辺りを見回しながら歩いていた深雪さんが、こちらを見た。

その瞬間、深雪さんの表情はみるみる強張っていく。


飯田さんが、「深雪!」と、名前を呼んだ瞬間、深雪さんは視線を逸らした。

恐らく、この場を去ろうとしているのだろう。

そう思った瞬間に僕は走り出していた。


このままだと、深雪さんは飯田さんから距離を置いたままになってしまうだろう。

それは悲し過ぎると、僕は思った。

せめて飯田さんの深雪さんを思う気持ちは受け止めて欲しい。

僕は必死で足を動かして走った。

追い付くと回り込んで、深雪さんの目の前に立った。


深雪さんは走って来た僕に驚くと、「どいて!」と、叫んだ。


僕はある程度、息が整うと口を開いた。


「どけない。飯田さんの話を聞いて欲しい」


僕の言葉に深雪さんは首を大きく横に振った。


「嫌だ! どうせ、『食べて良いんだよ』とか、『無理して痩せると、身体に良くない』って、言うんでしょ! 皆は話を聞いてって、好き勝手言ってくるのに、私の話は誰も聞いてくれない!」


そう言うと、深雪さんは僕の顔を睨んだ。


「身体に悪いなんて理解してる。でも、それでも、痩せたかったの! 悔しかったの! 方法が間違っているなんて知ってる! ……でも、前の自分には恥ずかしくて戻れないから、これしかないの」


深雪さんは言い終えると悲しい顔をして項垂れた。

そんな深雪さんを見て、僕は覚悟を決めると、口を開いた。


「深雪さん、今って楽しい?」


僕が聞くと、深雪さんが身体を震わせた。


「深雪がしたい事は出来てる?」


そう聞くと、僕はしばらく深雪さんの反応を待った。


少し間が空いて、美雪さんは小さく首を横に振ると、「出来てない」と、呟いた。


僕は優しい口調を意識しながら口を開いた。


「飯田さんはね、前みたいに楽しく笑いながら深雪さんとご飯が食べたいって言っていたんだ。食べる事が好きな深雪さんの為になりたいって気持ちで、飯田さんは栄養に気を付けたメニューを調べたり、練習をしたらしたんだ。その思いを受け止めてほしい」


深雪さんはゆっくりと顔を上げると、小さく頷いた。

深雪さんのその様子を見てから、僕は飯田さんの姿を姿を探した。

飯田さんはベンチに座って僕と深雪さんが来るのを静かに待っていた。

その姿を見て、どうか二人が笑顔でご飯が食べる事が出来ますように、と願いながら、僕は飯田さんの方に足を向けたのだった。

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