杉崎先生の栄養の授業

倉橋食堂に着くと飯田さんはいつも以上のペースで食べ続け、結局、定食を五食分食べ切った。


その後、深雪の事を話す為、僕の部屋に移動をしていた。


「飯田さん、元気出た?」


僕の言葉に飯田さんは大きく頷いた。


「落ち込んだけど、倉橋君の美味しいご飯を食べたお陰で元気が出たよ。ありがとう、倉橋君」


少しずついつもの飯田さんの明るい口調が戻ってきているのを感じ、先にご飯を食べて良かった、と僕は、胸を撫で下ろした。


「深雪さんの事なんだけどね」


僕の言葉に飯田さんの表情が引き締まる。


「僕は深雪さんにご飯を食べてもらいたいと思ってるよ。食べて元気になってもらいたいと思っている」


食事の時間は基本毎日訪れる。

食べる事がとても好きだったという深雪さんがその毎日訪れる時間をどうしているのか、その事を考えると心が痛んだ。

それに、深雪さんのあの細過ぎる体型も心配だ。

料理に少しでも携わっている僕としては、どうにかしてあげたいという気持ちが強くなっていた。


「でも、それだと、深雪はまた同じ事で苦しむ事にならない?」


飯田さんは深雪さんが太りやすい体質だと話していた。

勿論、そこは考慮しないといけない。


「僕の両親や杉崎さんに相談するよ。今の深雪さんみたいに極端に痩せるのではなく、標準の体型を維持しながら、楽しく食事をする方法はあるはずだよ」


「倉橋君!」


僕が言い終えると飯田さんが突然声を上げた。


「料理を作るのは私にやらせて欲しい。あまり料理をした事が無いけど、私が深雪に作ってあげたいの」


飯田さんの言葉に僕は頷いた。


「勿論、料理は僕が教えるから一緒に頑張ろう!」


「うん! 倉橋君、ありがとう。また、深雪と楽しくご飯が食べる事が出来るように私、頑張るよ」


飯田さんの言葉に僕が頷くと、飯田さんは再び口を開いた。


「そうしたら、私は、倉橋君達がメニューを考えている間に深雪と一緒に出来る運動を若菜に聞いてみるよ。食事も運動も楽しめば良いよね! 楽しく運動をして、より美味しくご飯を食べる。これが真理だよね?」


飯田さんらしい考えと言い方に僕はつい、声を出して笑った。


飯田さんが怪訝そうな顔をして僕を見る。


「……何? 馬鹿にしているの? 私は大真面目だよ?」


僕は慌てて首を横に振った。


「違う、違う。馬鹿になんかしていないよ。楽しく運動をして、より美味しくご飯を食べる、その通りだと思うし、もう飯田さんが実践をしているんだから、それが深雪さんに伝われば良いって、思っているよ」


「うん、そうだよね、伝える事が出来るように、私、頑張るよ!」


飯島さんはそう言うと気合いの入った表情を浮かべるのだった。





次の日の放課後、僕と飯田さんは、家庭科室で杉崎さんに昨日の出来事の説明をしていた。


「成程、事情は分かりました。それでは……」


杉崎さんはそこで言葉を切ると、勿体ぶりながら再び口を開いた。

「……栄養素の勉強をしましょう!」


飯田さんはポカンとした表情を浮かべている。


「……栄養素?」


飯田さんの言葉に杉崎さんは頷く。


「ええ、身体には日々、様々な栄養が必要なのです。食事を抜く、というのは、例えると車にガソリンを入れない、メンテナンスをしないという事なのです」


「つまり、その内身体にガタが来るという事?」


僕は頷くと、杉崎さんの言葉に相槌を打った。


「ええ、その通りです。千尋、脂質にどんなイメージを持っていますか?」


杉崎さんからの突然の質問に驚いた様子を見せながら、飯田さんは口を開いた。


「えっと、お肉とかの脂っぽくて美味しい物に入っているよね。あっ、後、太る原因のイメージがあるよ!」


僕も大体飯田さんと同じイメージを抱いていた。

そう思っていると、杉崎さんは飯田さんの言葉に頷き口を開いた。


「そうですよね、大体そういうイメージがあると思います。ですが、脂質にも大きな役割があるんです」


飯田さんは首を傾げた。


「……なんだろう?」


「まず、脂質はエネルギー源になります。そして、余った脂質は体脂肪になります。この体脂肪に太るというイメージを持っている人は多いと思います」


杉崎さんの言葉に、僕と飯田さんは頷いた。


「体脂肪は多すぎると今言ったように太る原因になりますが、体温を維持したり、内臓を保護したり、そして、便秘の改善にも役に立ちます」


「脂質も身体を維持する上で必要な栄養という事だね」


僕の言葉に杉崎さんは頷く。


「ええ、身体を作る上で必要ある栄養素がほとんどです。摂り過ぎは良くはないですが、反対に摂らな過ぎると、身体にとってデメリットがあるものもあります」


「成程、要は毎日色んな栄養素が入ったご飯を食べる事が必要って事だね?」


僕は腕を組んで考え始めた。


「毎日同じメニューだと飽きるだろうし、中々大変そうだな」


「まぁ、あくまで目安と思ってもらえれば良いと思います」


その時、飯田さんが僕の肩を指で突いてきた。


「おわっ、飯田さんどうしたの?」


僕が驚きながら尋ねると、飯田さんはスマートフォンの画面を僕に見せてきた。


「ここのお店、栄養に気を使ったメニューが沢山あるんだって、参考になると思うから行ってみない?」


飯田さんに言われて、僕はその画面をよく見てみた。

オシャレかつ美味しそうだ。

これで栄養満点ならとても参考になる、と僕は思った。


「良いね、行ってみようか」


僕の言葉に飯田さんは笑顔で頷いた。


「よーし、食べるぞ〜」


そんな飯田さんを見て、目的を忘れていないだろうか、と僕は心配になるのだった。






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