食べる理由 二

次の週も杉崎さんが用事があるとの事で、僕と飯田さんの二人でランニングを行った。


今は、ランニングを終えて、公園のベンチで休憩していた。


先週の飯田さんの表情が気になってはいたが、何も聞く事が出来ず、時間ばかりが過ぎていた。


「今日はいつもより長い距離を走ったから、沢山食べよう! ご褒美、大事!」


飯田さんの言葉に、「程々にね」と、僕は笑って返した。


そんな風にまったりとした時間を過ごしている時だった。


「……千尋?」


後ろから飯田さんの名前を呼ぶ声が聞こえ、僕と飯田さんは後ろを振り返った。

そこには髪の長い少女がいた。

その少女はやせているというより、頬が痩けていてやせ過ぎている、と感じた。

その少女は顔色が悪かった。

体調が心配になり、ご飯を沢山食べさせたい、という気持ちになっていると、隣で飯田さんが小さく呟いた。


「……深雪?」


名前を呼ぶ飯田さんの顔を見ると、顔色が悪く、表情も強張っている。

飯田さんが心配になり声を掛けようとした時、それよりも先に深雪と呼ばれていた少女が口を開いた。


「その格好は何? 千尋も太る事が嫌だったんじゃん!」


少女はそう言うと、振り返って僕らの前から去ろうとした。


「待って、深雪! 違うの!」


飯田さんは慌てて追い掛けようとする。


しかし、少女の、「来ないで!」という言葉を聞いて飯田さんの動きが止まった。

僕と飯田さんは、少女が去るのを黙って見ている事しか出来なかった。



「……驚かせちゃったね」


「……驚きはしたけど大丈夫だよ」


少女が去った後、僕と飯田さんは再びベンチに腰を降ろしていた。

飯田さんを見ると力無く座り、表情も優れない、僕の心が苦しくなる程に苦しそうだった。


「さあ、倉橋君の家に行こう。今日は沢山たべるぞー」


飯田さんの力無く笑う姿を見て、僕は飯田さんの力になりたい、一歩踏み込みたいと思った。


「飯田さん、待って」


飯田さんは振り返ると、不思議そうな顔をした。


「倉橋君、どうしたの?」


「さっきの飯田さんが、深雪って呼んでいた女子の事を聞きたい」


僕の言葉に飯田さんは困った顔をした。


「明るい話ではないよ?」


「そんな事は関係ない。僕は飯田さんの力になりたいんだ」


その僕の言葉に飯田さんは驚いた表情をすると静かに口を開いた。


「……深雪とは中学校が同じだったんだ。深雪も食べる事が好きで、よくいろんな場所に食べに行ったんだ」


飯田さんは昔の事を思い浮かべたのか、微笑んだ。


「友達だったんだね」


「うん、大事な友達だった。……深雪は太りやすい体質だったの。本人は太っている事を気にしていたんだけど、『太ってようが、痩せていようが、深雪は深雪だよ』って、気にしない様に伝えていたんだ」


「でも、さっき見た深雪さんはとても痩せていたよね?」


僕の言葉に飯田さんは頷くと、悲しそうな表情を浮かべた。


「そうなの。ある時、深雪がその時に好きだった男子が深雪の事を、デブって言っていたのを深雪がたまたま聞いてしまったの。それから、深雪は私から距離をとって、無理なダイエットをする様になったの」


「それで、あんなに細かったんだね」


僕の言葉に飯田さんは頷くと再び口を開いた。


「私は初めはそのままの深雪で十分素敵だよって言ったの。だけど、深雪はどんどん痩せる事が出来ない自分を追い込んでいってしまったの」


食べても太らない飯田さんと食べれば食べる分だけ太る深雪さん、近くにいたらどうしたって比べてしまうし、比べられてしまうだろう。


「私はとても美味しそうに食べる深雪が好きだった。だから、私だけは食べる事が好きな深雪を否定したくなかったの。だから、私は食べる事を好きでい続けよう、そう決心したの。食べても良いんだよって、伝えたかったの」


飯田さんはそう言うと、悲しそうに視線を下げた。


「だから葵に少し太ったと言われた時にとても驚いた。好きに食べて私まで太ったら、深雪はもっと悲しむって勝手に思っていたの。だから、必死で運動をした。痩せないといけないと思って」


そこまで、言うと飯田さんは泣きそうになる。


「でも、深雪は今日の私を見て、私も太る事が嫌だと感じていると思ったんだと思う。確かに、その通りだよね。深雪の為とはいえ、確かに葵に言われた時、太る事に恐怖を感じた。深雪はこの恐怖と戦っていたいたんだってようやく分かったよ」


「……飯田さんは、それで良いの?」


僕の言葉に飯田さんは顔を上げた。


「深雪さんは飯田さんの思いを誤解している。そして、飯田さんは深雪さんが抱いていた気持ちが理解出来た。それならもう一度飯田さんの気持ちを伝えないと!」


「でも、どうしたら良いの? 私はまた深雪を傷つけてしまいそうで怖いよ」


「それをこれから考えよう。僕も手伝うよ」


僕の言葉に飯田さんは驚く。


「倉橋君、手伝ってくれるの?」


「勿論だよ。でも、その前にご飯を食べよう! 飯田さんに元気になってもらわないと」


僕が言うと、飯田さんは、「……そうだね、お腹ペコペコだよ」と言って立ち上がった。


すると、飯田さんは振り返ると、「……倉橋君、ありがとう!」と、言って微笑んだのだった。


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