食べる理由 一

飯田さんのダイエット企画が始まって三週目の土曜日。

今日は杉崎さんが用事で休みで、僕と飯田さんだけで公園の周りを走った。

二人だけだと、まるでカップルでランニングをしているみたいだ。

そんな事を思いながら、隣の飯田さんを見た。

走り始めた時はとても嫌がっていたのに、今は止めるそぶりがない。

少しずつ体力がついてきたのか、走るペースも安定してきているように感じる。


飯田さんは、食事がものすごく好きだ。

それは付き合いの短い僕でも分かる。

変な話、それくらい食事が好きだったら、太る事を気にせず、運動しないで食べ続ける道を選んでも不思議ではない。


でも、飯田さんは食べる量をそこまで減らさずに苦手運動を一生懸命に頑張っている。

改めて考えるといくら食べる量を減らしたくはないとはいえ、ここまで努力が出来る事はすごい事だと感じた。

今の飯田さんを見ると、食事の時や勉強会の時に見た破天荒なイメージではなく、どこか芯がしっかり通っている、そんな雰囲気を感じた。

なぜそこまで頑張れるのだろう、そんな疑問が頭を過った。


「今日も頑張って走ったね〜 美味しいご飯が食べれそうだよ」


今は今日の分を走り終え、僕と飯田さんは公園のベンチで休憩をしていた。


「今日は杉崎さんが居なくて家庭科室が使えないから、少し休憩をしたら倉橋食堂に行こう」


僕の言葉に飯田さんは笑顔で、「了解!」と、言って笑った。


「今日は倉橋君が料理を作ってくれるんだね! 倉橋君と葵の料理を日替わりで食べる事が出来るなんて私は幸せ者だね!」


そんな風に嬉しそうに笑顔を浮かべる飯田さんを見て、飯田さんと走っている時に思った事を聞いてみたくなった。


「ねえ、飯田さん」


「どうしたの、倉橋君?」


僕が呼び掛けると、飯田さんはこちらを見て不思議そうな表情を浮かべる。


「少し聞きたい事があって」


「聞きたい事? 今日、私が何を食べたいか、を聞きたいの?」


「それは食堂に着いたら聞くよ」


彼女らしい言葉に思わず、笑みを浮かべてしまう。

僕の言葉に飯田さんは首を傾げる。


「違うの?」


僕は頷くと口を開いた。


「飯田さんが苦手だって言っていた運動をとても頑張っているから、美味しく食べたいからって事以外に、頑張る理由があるのかなって思って」


僕がそう言うと、飯田さんは一瞬、真顔になった後にすぐ笑みを浮かべ、口を開いた。


「……私は自分が沢山美味しく食べる事で、食べたくても太る事が嫌で我慢をしている人達に、食べても良いんだって思って欲しいの。だから、頑張っているというのもあるかな」


そう語る飯田さんの顔を見て、僕は息を呑んだ。

飯田さんは笑みを浮かべてはいるが、目が笑っていない様に感じた。


まだ、何か理由がある、そう感じたが、飯田さんの表情を見て、これ以上、話を進めると関係が変わってしまう気がして、飯田さんに踏み込む勇気が持てなかった。


結局、僕は、「とても壮大な目標だね」と、言うと、飯田さんは、「目標とハンバーグは大きく、だよ!」と、笑って言葉を返すのだった。




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