料理バトル

「終わったな。聡太、テストはどうだった?」


中間テストが終わった放課後、和也が僕に声を掛けてきた。


「まぁまぁかな。和也は?」


和也は肩を落とした。


「俺もまぁまぁだな」


和也と話していると、飯田さんがどこか他のクラスの女子と会話をしているのが目に入った。

飯田さんは僕と目が合うと手招きをした。

なんだろうか、と思い、和也に断りを入れてから二人の元へ向かった。


僕が何か用があったか、聞こうとした瞬間だった。


「倉橋聡太! どっちの料理が美味しいか、勝負です!」


女子は僕を指差しながら、そう宣戦布告をしたのだった。

勿論、僕は何が何やら意味が分からない。

僕は助けを求めて飯田さんにに視線を送る。

しかし、飯田さんは頬を掻いて、「ははは」と力無く笑うだけだった。


「さぁ、家庭科室へ行きますよ! 着いて来て下さい!」


そう言うと、名も知らない女子は飯田さんの手を引いて去って行ってしまった。


「聡太、あの女子と何があったんだ?」


僕は声を掛けてくれた和也の方を見て口を開いた。


「……俺が知りたい」


これは追わないといけないのだろうか。



その後、僕は和也にお願いをして共に家庭科室を訪れていた。

扉開き、中に入ると椅子に座っている飯田さんと部屋の中央で先程の女子がエプロン姿で仁王立ちをして待っていた。


「遅いですよ、倉橋聡太! さぁ、勝負です!」


勝負をする理由もその内容も全く分からない。

一つずつ状況を確認していかないといけない。


「まず、君の名前を知りたいんだけど……」


「私の名前は杉崎葵です。さぁ、勝負しましょう!」


なんだこの子は、と思いながらも僕は話を続ける為に口を開いた。


「とにかく一回落ち着いて! 僕にはなんで杉崎さんと勝負をしなければいけないのか、全然分かっていないんだよ」


「私は分かっているので問題ないです! さぁ、勝負です!」


「だー! 埒が空かない! 飯田さん、説明!」


僕の声に飯田さんは、「は、はい!」と言って立ち上がる。

僕の後ろでは和也が、「こんなに荒ぶっている聡太は初めて見たな」と一人だけ楽しそうだ。


「えっーと、私はよく家庭科部の葵が作ったご飯を食べさせてもらってたんだ。でも、最近は倉橋君のお店に行く事が多くなって、家庭科部に顔を出す事が減って寂しいみたいで……」


飯田さんは少し言いづらそうに説明をしてくれた。


「……つまり、知らないうちに目の敵にされていたという事だね?」


「ま、まぁ、そいう事なのかな?」


取り敢えず状況は分かった。

正直巻き込まれた感が強いが、グルメな飯島さんが気に入っている杉崎さんの料理に興味が出てきた。


「ようやく状況が分かった。お待たせ、杉崎さん。その勝負、受けて立つよ」


「分かりました。それぞれ一品ずつ料理を作り、千尋にどちらが美味しいか判断してもらうというルールで良いですか?」


僕は一つ頷いた。


「冷蔵庫の中身や調理道具は自由に使って頂いて構いません。では、勝負開始です!」


こうして、突然の料理バトルが幕を開けた。


勝負が始まると僕は冷蔵庫の中身を確認した。

作る料理はもう決まっている。

飯田さんが倉橋食堂の料理を美味しいと言ってくれている以上、今この場で倉橋食堂のメニューに無いものを作って賭けに出る必要は無い。

僕はハンバーグを作る事に決めていた。

幸い、必要な材料も揃っている。

僕はそれらを調理台の一つ乗せると手を洗ってから調理を開始した。



ハンバーグが出来上がり、皿に盛り付ける。

横を見ると、オムライスを作っていた杉崎さんもケチャップをかけて丁度出来上がったようだ。


「じゃあ、千尋。まず私の料理から食べて下さい」


僕らが見守る中、飯田さんは手を合わせ、「いただきます」と言うとオムライスを口に入れた。


「うん、美味しい。いつも通り安心する味だね」


笑顔の飯田さんを見て杉崎さんは安心したように息を吐いた。


「じゃあ、次は僕の番だね」


僕がハンバーグを差し出すと飯田さんは一口食べた。


「うん、ジューシーなハンバーグにデミグラスソースが良く絡んでいて美味しい!」


「千尋、判定をお願いします」


杉崎さんの言葉に飯田さんは困った顔を浮かべる。


「どっちも美味しかったんだけど、決めなくちゃ駄目?」


その問いに杉崎さんは頷いて返した。


「うーん、やっぱり実際の飲食店で料理している倉橋君の方が技術的に上だったかな。でも、倉橋君はお店の味で、葵は家庭の味で比べるものでは無いと私は思っているよ」


「うーん」と、唸っていて杉崎さんは納得していない様子だ。


「ねぇ、杉崎さん、オムライスを少し食べてみても良いかな」


「……お好きにどうぞ」


許可を貰ったので、一口食べた。

薄味でとても食べやすい家庭的な味だった。


「美味しい! お店の料理は基本的に濃い味付けだからか、このオムライスはとても食べやすいよ」


僕が褒めると杉崎さんは依然として顔は不満そうだが、少し照れ臭そうな動きも見られた。


「……その、ハンバーグを食べてみても良いですか?」


僕が頷くと杉崎さんはハンバーグを一口食べた。


「何これ、美味しい! お店で食べているみたいです」


「実際、お店で出ているからね」


「これは私の負けに決まっています」


杉崎さんの言葉を首を横に振って僕は否定する。


「僕のは味が濃いから、毎日食べる物ではないよ。それより、この味付けでしっかりオムライスとして成立している杉崎さんの料理の仕方の方が気になるよ」


僕が褒めると杉崎さんは顔を赤くして俯いた。


「そ、それなら、今度教えるので家庭科室に来ますか? 私も、その、ハンバーグの作り方を知りたいですし」


「いいの? ありがとう、杉崎さん」


「いえ」と短く答えた杉崎さんを見て、飯田さんは、「二人とも仲良くなって良かった」と言うと満足そうに頷くのだった。

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