舌が肥えている飯田さん

「倉橋君、明日は私の友達を連れて来て良い?」


飯田さんは焼き魚定食を食べながら、厨房に居る僕に問い掛けてきた。

僕は飯田さんが次に食べたいと注文してきた唐揚げ定食を大急ぎで作っていた。


飯田さんは、爆食いして以来、よりうちの店を気に入ったらしく、三日に一回のペースで倉橋食堂を訪れていた。

飯田さんの食べっぷりは他のお客さん同士でも話題になっているらしく、大食い女子高生や食レポ女子高生と呼ばれているが、飯田さんは自分がそう呼ばれている事を知らない。


「こつちは大丈夫だよ。でも、そろそろテスト一週間前になるけど飯田さんは大丈夫?」


「うん、いつも予習と復習をしているから大丈夫だよ。そうしたら明日は二人で来るね」


その言葉を聞いて飯田さんはいつも学年一位だった事を思い出した。

そんなやり取りをしていると焼き魚定食の皿が綺麗になっていたので、唐揚げ定食を提供した。


飯田さんは、「ありがとう」と言って、唐揚げ定食を食べ始めたのだった。


次の日、飯田さんは友達と合流してから向かうとの事で、僕は一足先に店に来ていた。


厨房でお皿を洗っていると扉が開いた。


「いらっしゃいませ」と僕と両親が挨拶する。

店に入って来たのは飯田さんと短い髪に大きな瞳が印象的な女子だった。


母はその女子に目を向けて口を開いた。


「飯田さん、今日はお友達と来たのかい?」


「はい、今日からテスト一週間前で部活がお休みになったので、一緒に来ました」


飯田さんが言い終えると、その女子は、「三島若菜と言います。よろしくお願いします」と言って一礼した。


母は、「あらあら、礼儀正しいわね。さあ、こちらにどうぞ」と言って、僕の目の前のカウンター席に誘導した。


二人が、「ありがとうございます」と言って椅子に座ると、三島さんがこちらを見てきたので、僕は口を開いた。


「倉橋聡太です。よろしく、三島さん」


「えっと、苗字だと分からなくなるから下の名前で呼ぼうかな。よろしく、聡太」


随分フレンドリーな子だな、と思いながら、「注文が決まったら教えてね」と声を掛けてから水を提供した。


「お肉が食べたいからハンバーグ定食で!」


三島さんの言葉を聞いて、飯田さんが悩み始めた。


「そう言われると、私も食べたくなるから生姜焼き定食で!」


「分かった。すぐ作るから待っててね」


僕はそう言うと料理を開始した。


三島さんは僕の事をジッと見ると口を開いた。


「同級生がご飯屋さんで料理をしているって不思議だね」


「聡太くんはね、デミグラスソースが聡太君のお父さんより上手なんだ。だから期待して大丈夫だよ!」


飯田さんの言葉に三島さんが引いている。


「千尋、舌どうなっているの?」


飯田さんは不思議そうな顔をしている。


「作り方は同じでも作る人が違うと変わるもんじゃない?」


「……千尋の舌がすごい事が分かったよ」


僕は三島さんの言葉に心の中で同意した。


そうしているうちにハンバーグ定食と生姜焼き定食が完成した。


「おまちどうさま」と言って二人の前に料理を提供した。


二人で手を合わせ、「いただきます」と言って食べ始めた。


ハンバーグを一口食べた三島さんは驚いた表情を浮かべた。


「美味しい! これは食通の千尋も気にいる訳だ」


そう言って、食事を再開させると三島さんは瞬く間に完食した。


「ご馳走様でした! 私、陸上部で毎日部活があるんだけど、私も気に入ったから、たまに部活帰りに寄らせてもらうね!」


三島さんはそう言って笑顔を見せるのだった。

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