第7話 最終話
あいつとは幼い頃からの親友だった。父親のいない俺に、馬鹿みたいに仲良くしてくれて、一緒に馬鹿やって遊んだ。
そんな時必ず沙耶香が注意してきた。あの頃からお前に夢中で、多分そんな事気づいてもいなかっただろう。
中学に入ると、俺は彼女を作った。それなりのルックスは、方々で遊んだ父譲りらしく、母を捨てた男の面影を懐かしく思う母に半ば当てつけていたのかもしれない。
拓実には筒抜けで、やんわりとだが、俺を諭してくれていた。上手く行かない時は意地を張る。自信だけが俺の見栄で、それを肯定し、拓実は優しく包んでくれていた。そう気づけたのは随分と後になってからで、多分その頃の俺は荒れていたんだと思う。
いくら酷い事を言っても、拓実は離れなかった。
だから馬鹿なことをしてしまった。
親友を好きな女を俺は抱いてしまった。
その罪悪感は特になかった。それが俺を苦しめた。結局は俺もあの男と同じかと、半ば開き直って沙耶香を抱いた。
身体の相性なんて信じてなかったが、あいつはすごかった。
拓実の前ではお淑やかにしていたが、肉食の獣を胸の内に秘めていた。
それはどこか俺と似ていて、でもそれは恋でも愛でもなくて、思春期特有のもので、心は満たされないのに、身体だけはピタリと合っていた。
その頃ようやく拓実に相談されたのは、沙耶香のことだった。
言葉にされた時、初めて猛烈に後悔した。
あいつは馬鹿みたいに慎重で、いや、積み上げることが一番大事なのだと言って、告白を躊躇していたらしい。
俺からすれば、沙耶香なんかすぐ堕ちるぜ、とも思っていた。沙耶香から言えよ、そうも思っていた。
あるいはこんな下品な女、お前には相応しくないとまで。
だけど拓実はこれこそが大事なのだと、度重なる学校イベントやデートで積み重ねていくことを選んだ。
だからなのか、林間学校での山も、修学旅行の夜も、三人で行った海も、拓実にチャンスを作ったのに、動かないあいつを見て、落ち込む沙耶香を見て、強引に交わったのは何故だったのか。そう思った時初めて俺も沙耶香を好きなのだと気づいた。
その時にはもう遅く、沙耶香は拓実と付き合っていて、当たり前だが、沙耶香との交わりはなくなった。
何度も何度も諦めようといろんな女と気づい付き合った。中には身体の相性なんて沙耶香以上の女とも出会った。
でも結局は沙耶香を思ってしまう。
そんな時、拓実が海外に転勤になると聞いた。正直俺はチャンスだと思った。
いや、沙耶香が会社ではセクハラまがいなことを受けてると聞いて、拓実のいない間のボディガードになれればなと、思ったのは確かだった。
だから寂しさの代替品でも構わないと、沙耶香を無理矢理抱いた。それがもう一年続いていた。
「じゃあな、沙耶香」
「ええ、ありがとう、豪志」
「ありがとうはやめろ」
「…そうね」
悲しそうにする顔は、どういった意味を含んでいるのか。絶対に手に入らないこの女は、全て拓実にバラせば…いや、多分それでも手に入らないのだろう。
惨めだな。はは。
例え代替え品でも、最後に恋人のような思い出をもらえて、嬉しかった。
「今度は結婚式だな。じゃあな」
そう言って別れた。
今日の夜、あいつは幸せなクリスマスを過ごすんだろう。
◆
『成田を離陸した日本航空のJL771便シドニー行き、777-200型のビジネスクラスで出火がありました。航空機はシドニー空港に辿り着くことなく──』
なのに、今俺は何を聞かされているのか。
乗ってるはずのない飛行機に、何で拓実が乗っていた?
そして何で沙耶香も死んでるんだ?
それはあの日から一週間後に知った事実で、馬鹿な俺はその経緯の何一つも知らないまま、二人を恨むくらいしか出来なかった。
そんな時、俺は以前遊んで捨てた女に刺された。
手に入らない沙耶香を思って、むしゃくしゃしていた時にめちゃくちゃにして遊んだ、どこにでもいるような女だった。
その時は、拓実から学んだ優しさをすっかり忘れていた。
年を跨げたのは俺だけだったなって、神様に懺悔しながら、曇天の空に二人を思った。
俺は地獄行きだが、せめてあの優しい二人は天国で一緒にしてやって欲しいと願った。
荒唐無稽だが、願わくば、時間を巻き戻して欲しいとさえ。
拓実の遺品である、俺には少し小さな指輪に、ありったけの願いを詰め込んで叫んだ。
見上げた空からは、あの日のような雪が降ってきた。
そうして俺の恋と友情の26年は幕を閉じた。
了
ここまで「優包」をご覧いただきありがとうございました。
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墨色
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